2016年12月22日

【カンヌール】Hotel Odhen'sでFish Curry MealsとKonthal Fryとケーララの米の話













カンヌールのHotel Odhen'sへ。あらかじめ人気店だとの情報は得ていたので開店少し早めにお店へ行ったらまだ準備中。それを口実に中に入れてもらい準備中の厨房など見せてもらう。店は大通りからは奥まった場所に位置し、行列こそ出来てなかったがそれでも時間になると満席状態。



スタッフが一枚一枚バナナの葉を机に敷き、フィッシュカリー・ミールスが何も言わずにサーブされる。このフィッシュカリー・ミールスがいわばデフォルトで、それに好みに合わせてウエイターが持って来る小さな一皿料理を好みに合わせて好きなだけ取るシステム。中華料理の飲茶スタイルのような感じと言えばお分かり頂けるだろうか。とはいえフィッシュカリー・ミールスのみ食べる客も少なくない。





昨日のイカフライが忘れられずイカ、そしてエビのロースト(ちなみに英訳では単にローストとしか記述の仕様がないが、ケーララ料理にはVarattiyathu, Ularthiyathu, varthada, Vevichatuなと様々なロースト料理が存在する)。やはりイカが美味くてお代わり。マラバール風イカカレーがこれほど美味いとは。マラバール料理という名所は何度も日本で聞いてはいたが、ここまでの食の都である事は実際現地に来てみるまでは全く分からなかったし、ここまでイカをはじめとした魚介類を多用するとは知らなかった。やはり旅はしてみるものである。

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食後、付近の魚介市場を散策。ムール貝もたくさん売っている。マラバールではムール貝はカルマッカヤkall-ma-kayaと呼ばれる名物で、特にアリカドゥカというムール貝が入ったスナックは朝食などで食べられる。







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市場で見かけたケーララのコメ
手前から、パッタルライス kg38Rs, プンニライス kg30Rs, イエロークルワライス kg37Rs, マッタライス kg40Rs

ちなみに市場の米屋さんの話では、有名なケーララ赤米(レッドマッタライス)は主にケーララ南部で好まれる。ケーララ北部のマラバール地方では実は赤米はあまり食べられず、マラバールミールスによく出されるのは大粒のYellow kuruwa riceである。同じケーララで米の好みに地域差があるのが興味深い。

このケーララ赤米は西暦800年頃の中国(唐代)に於いて生産がはじめられた中国原産の米で、チョーラ朝(9世紀から13世紀にかけて南インドを支配したタミル系ヒンドゥー王朝)の王家で食べられるようになったという。

ちなみにkuruwa riceの生産地はアーンドラだが、アーンドラの人はこれを食べない。アーンドラの人が食べるのはKolam riceであるという。

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【カンヌール】KaipunyamでFish curry mealsとkoonthal Tawa fry







カルナータカ州クールグからケーララ州カンヌールへ。これでようやくケーララ州に入った。
標高が高く山懐深いクールグでは朝晩寒い程だったのに標高が一気に下がって非常に蒸し暑くなる。




ホテルを見つけて荷物を置き、早速近くにあったKaipunyamマラバール・ムスリム料理(Moplah Cuisineと呼ばれる)をオーダー。




Fish curry meals(ケーララマッタライス、オーラン、チャマンディ、クートゥ、トーレンがターリーに乗っていてサンバルとフィッシュカレーとタイルがカトリで出される)
素焼きの容器にはカードで作るpullsseryが入っている。これらはウエイターのナセル氏というオジさんが一つ一つ親切に教えてくれた。


koonthal Tawa fry(イカの鉄板スパイス炒め)


Beef Tawa fry(ビーフの鉄板スパイス炒め)


タイル

koonthal Tawa fryがスパイシーかつコクがあって絶品。割と辛めだがイカ本来の甘みが噛むごとに口に広がる。ケーララライスがどんどん進む味でもあり、もし飲めるのであれば酒にもさぞかし合いそうな味。







レストラン周辺には味のある野菜や乾物のバザールが広がっていて情緒ある雰囲気が素晴らしい。乾物屋が多く、更に吊るしてあるかつお節?もある。ケーララの料理にもかつお節を使うのだろうか。調理器具だけでなくこうした部分にもスリランカとの共通性が感じられる。













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2016年12月21日

【Malabar Cuisine】ケーララに於けるイスラム教徒マーピラとその料理


ケーララ、特に北ケーララはインド史上最も早くキリスト教/イスラム教/ユダヤ教がもたらされた地域である。ケーララに於けるイスラム教は7世紀ごろに海路、交易のためにアラブからやってきた商人たちによって特にケーララ州マラバール地方にもたらされ、彼らの定住化と共に徐々に浸透・拡大していった。これは北インドに於いてイスラム教がトルコ系またはアフガン系のイスラーム政権による、主に軍事的侵略に伴う形で陸路もたらされたのよりも早い。





イスラム教も発生した直後にアラビアから海路、アラブ商人によってごく早い段階でケーララに流入された。こうした事情から、インド最古のモスクとされるCheraman Juma Mosqueはケーララ州Thrissur県に西暦629年に建設されたという。
https://en.wikipedia.org/wiki/Cheraman_Juma_Mosque

ちなみにモスクがインド最初であるだけでなく教会もシナゴーグもインド史上最初に建設されたのはケーララに於いてであったという。7世紀以降もアラブからの商人や神学者などの渡印は断続的に続き、ケーララは宗教や食などの文化面でアラブの影響を受けている。





マーピラmappilaまたはmoplahはケーララ州に於いてマラーヤラム語を母語とするムスリムを指す。
マーピラは特に北ケーララのマラバール地方に多く居住する。
マーピラの起源を、7世紀以降に土着したアラブ商人とケーララ女性との末裔だとする伝承もあるがそれはごく限定的であり、実際には、特に18世紀の英領地代にアラブから渡印してきたスーフィーなどの神学者/宗教指導者たちによって改宗されたヒンドゥー教徒の下層カースト出身者が大半とされる。

彼らマーピラの間にも同じマラバール地方に住むムスリムとは言えヒエラルキーはあり、比較的裕福なマラバール地方沿岸部に居住するマーピラと元来小作の水田農作業従事者が多かった内陸部に居住するマーピラには経済的に大きな格差が存在した。1970年代にガルフ諸国が外国人労働者を受け入れを開始すると内陸部マーピラはいち早く出稼ぎに行き、現在ではこうした経済格差は解消されているが、最近まで沿岸部のマーピラと内陸部のマーピラで通婚すら一般的ではなかったという。

こうした背景から当然沿岸部と内陸部とで食文化もかなり異なっていおり、いわゆるMalabar cuisinesマラバール料理としてメディアなどに紹介されているのは、豊かな海産物を中心とした食材を多用した沿岸部マーピラの食文化である。





ちなみに食文化に於けるアラブ圏からの影響は、Alisa(小麦の肉入りポタージュ)、Kiskiya(アーター=全粒粉の肉入りミルク粥)、Kozhi Nirachathu(卵やダールやハーブ類を鶏に詰めた料理)などのマーピラ料理に色濃く見てとれる。Alisaは婚礼の際に食される料理であるが、マーピラの婚礼前夜(Mailanchi)には祝膳としてNeichoruネイチョール(ギーで味付けされたライス)が、婚礼当日の夜にはビリヤニ(カイマライスという短粒米で作られたマラバール特有のビリヤニ)が食べられるという(※婚礼前夜の他に、ナーチャと呼ばれるジャーラムでの慰霊祭に於いてもネイチョールは配られるお祝い料理である)。またMutta MalaムッタマラとPinjanathappamピンジヤナッタッパムという卵で作られた、黄色と白という見た目にも鮮やかなお菓子も婚礼式に於いて食べられる。

婚礼から一夜明けた翌朝、新郎新婦及びその家族と親族は次のような豪華な朝食を食べる。
---Kozhi Nirachathu(卵やダールやハーブ類を鶏に詰めた料理)とPathiri(米粉のロッティ)、カレー数種プットゥとバナナKanjiカンジ(マッタライスで作られたココナッツミルク入りの粥)、チャイなど---

またムスリムであるマーピラにとっての最大の祭礼は断食月ラマダーンであるが、日中の断食が明けた後の食事=イフタールが水とデーツで始まった後、Pathiri(米粉のロッティ)と共に豊富な肉・魚及びデザートが食べられる。年間を通じて最も多彩なマーピラが見られるのはこの時期に於いてである。





一方、標準的な日常食の一例は次のようなものである。
朝はVellappamウェッラッパン(米粉のパンケーキ)とエッグカレー、またはプットゥとMeen(魚)のカレー
昼はイエローマッタライスにMeenのカレー
夜はKanjiカンジ(マッタライスで作られたココナッツミルク入りの粥)とPathiriなど。



---以上参考『Marabar Muslim Cookery』Ummi Abdulla著 Orient Black Swan発行
(アジアハンターにてご購入出来ます。お問い合わせ下さい)



以下、ケーララ旅行に関して非常に役に立ったサイト。

Tasty Spots-ケーララ全土のレストランガイド。掘立小屋のような看板すらないような店まで網羅しているのに驚く。
http://tastyspots.com/kerala/foodspots/kadalundi-meenkada/

ケーララにおけるイスラム史に関してはPeriploさんによるページが大変参考になりました。さすがです。
http://periplo.mond.jp/cgi/mt/archive1/2011/04/post_399.html

こちらの論文もケーララにおけるイスラム史やジャーラム(いわゆる北インドのダルガー=聖者廟的なものから、対ヒンドゥー地主やポルトガル軍・英軍との戦いで殉教した戦士を祀る廟までを含む)、ナーチャと呼ばれる慰霊祭などについて。
http://www2.scc.u-tokai.ac.jp/www3/kiyou/pdf/2011vol9_1/kawano.pdf




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【クールグ】クールグ料理 Pandi Curry、Kadambattu、Sannas







マンガロールから山道を約120km、山深い奥にあるKodava(旧英領名クールグ)のかつての中心街であり現在も県庁所在地のマディケリMedikeriへ4時間のバスの旅。道路の舗装状況は良いものの、途中から曲がりくねった急峻な山道が続く。





そもそも西ガーツ山脈の奥深くに位置するKodava(旧英領名クールグ)は、Kodava語を母語とする人々が居住する地域で、中世1600年のHaleri王による統治以降1834年に英領下に置かれるに至るまで小さいながらも独立したヒンドゥー系藩王国として存在し、インド独立以降も1950年から1956年までは独立州として存在した。クールグcoorgという表記は英領時代に名づけられたものである。



ヒンドゥー教を信奉する藩王によって長らく統治されていたにもかかわらず豚食/飲酒など比較的タブーの無い料理が発展しているのが特異で、日常的に豚料理が食されまたやや日本米に似たステッキーなライスが食される。こうした食習慣がどういった経路でこの地方にもたらされたのかは分からない。

また特異な食習慣として、クールグでは祭礼などの食の場に於いて女性が先に食事をし、次いで男性が食事をする(一般的なインド社会とは逆)。ちなみにクールグに於いて豚(パンディと呼ばれる)などが好まれるのは従来この地で生活していた先住民の文化の影響なのではないかと推測できる。

クールグで話されるkodava語の一例

豚…Pandi
鶏…Koli
マトン…Yarchi
ダール…Belai
米粉のロッティ…Akki Otti
カードライス…Mooru Kulu
ギーライス…Nai kulu
卵…Muttai
レバー…Pooyarchi

※上記語彙/クールグ情報の一部は
Ranee Vijaya Kuttaiah著『cuisine from Coorg』
を参照しました。こちらはアジアハンターでも扱っています。お気軽にお問い合わせください。
master@asiahunter.com


山深い環境からかコーヒーやカルダモンといったスパイスの産地としても名高く、小さな街中には至るところスパイスの店やコーヒー豆の店を見ることが出来る。









ちなみに以下のクールグに在住しクールグ料理を紹介しているインドの方のブログがクールグ料理及び文化を知る上で非常に参考になった。
http://www.acookeryyearincoorg.com/




小さい街ながら飲み屋も充実している。

クールグ料理は豚肉も使うことから一度は訪れてみたい街だった。夕方到着し高低差のある街を散策後、Coorg人(クールギーという)の経営する飲み屋で一杯飲んだ後、その名もズバリCoorg Cuisineという店でPandi Curry(豚のカレー)と筍と豚の炒め物Kadambattu(ライスボール)、Sannas というイドリーの一種。Kadambattuは日本のおにぎりに比べかなり固く握られているためあまり米本来の風味は感じられない。



















街を散策中、ネパール人っぽい顔だと思い話しかけたらやはりダージリン出身のチェトリの人だった。カルナータカ州はチベタンキャンプも多く、それに付随してネパール人も来ているらしい。




西ガーツ山脈の奥深くに位置する風光明媚なマディケリはインド人観光客も多い。街のはずれの眺めの良い場所には展望台がある。舗装されていない道をさらに山奥の方に進んで行くと美しい小集落に出会ったりして味わい深い散策が可能である。








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2016年12月20日

【マンガロール】Hotel Costaでマンガロール・クリスチャン料理




トゥル料理もウディピのブラーフミン料理をある種の源流とするためベジ料理が多いという。ただし一方でコンカン地方を含むアラビア沿岸部の料理であるマルヴァニ料理Malvani cuisineはシーフードを多用したノンベジ料理も多く、またクリスチャン系の影響の強いマンガロール料理では豚や牛も食べられる。そろそろノンベジ料理が恋しくなった頃合いに、タイミング良く豚や牛もメニューにあるHotel Costaという店を見つけた。

本来ならこういう料理はビールと共に食べたいが、インドにはそういう美味しい料理と酒という習慣が無いので、手近な酒屋でビールを買い、その横の飲みスペースでビールだけ飲んでレストランへ向かった。







店内メニューにポーク・ソルポテルなとがあったりした事から当初ゴア料理店かと思い店のマスタルに確認したら違うと言う。


説明してくれた店のマスタル。背後にはキリストが祀られている。

彼によると元はポルトガルからの宣教によるゴア出自なのが16世紀頃そこから更に分裂したローマン・カトリック信仰の系統の人々で、マンガロール・クリスチャン料理という、ゴア料理とはまた違った料理らしい。そういう系統の料理があるのを現地に来て初めて知った。




バンダス・マンチュリ(イカの事をBandasと呼ぶ)


ポーク・ジンジャー


ポーク・ソルポテル


ビーフ65

ライス
コカコーラ


どれも極端に辛くなく特にイカが滋味深い。豚肉も久しぶりに食べたがやっぱりライスによく合う味だった。


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2016年12月19日

【マンガロール】New Tajmahal Cafeでトゥルナドゥ料理



チェンナイから夜行列車で約17時間。アラビア海側のマンガロールに到着。





マンガロール料理(マンガローリアン)はウディピの流れを汲む純菜食ブラーフミン文化とマンガローリアン・カトリックと呼ばれるキリスト教料理文化やイスラム文化など複数の文化が混交した、複雑で奥深い食文化が存在する地方。元来この地方はトゥル・ナードゥTulu Naduと呼ばれるトゥル語を母語とする文化圏であり、マンガロールはそのトゥル・ナードゥ最大の都市である。

早速New Tajmahal Cafeでマンガロール/トゥルナドゥ料理をオーダー。






Mangalore Buns




Pathrode


Mudde Idly


Cucumber Idly


Pathrodeはトゥル語でchevuという葉にマサラをミックスしたもの。パトラというグジャラート料理に似た見た目。
Cucumber Idlyは確かにキュウリの味、ただし甘くデザートのような感じ。
Mudde IdlyもCucumber Idlyそれぞれ別の葉に包まれて蒸されている(葉の名前は聞き取れず)。


デザートにマイソール・パクをオーダーしたら、マイソール・パク(手前)とギー・マイソール・パク(奥)の二つをプレートに入れて持って来てくれた。料理を前に写真を撮ったり従業員に延々と質問したりしているから変なオジさんと思われサービスしてくれたらしい。ギーの方がねっとりした食感。食後、いつも通り厨房見物させてもらった。






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2016年12月18日

【チェンナイ】Vasanta Bhavanの朝のMini Tiffin/Welcome Hotelの昼のMini Meals


早朝アーンドラ州最後の街グントゥールGunturからチェンナイに到着。



アーンドラを南北にブラブラ旅していたが2日間のチェンナイ滞在期間は仕入れのため忙しい。本当はもっと日数が欲しいが、他にも行きたい場所がたくさんあり致し方無し。とりあえずマーケットが開く前に朝食を食べにいつものエグモール駅前のVasanta BhavanでMini Tiffin (98Rs)








Mini Tiffinの内容は
マサラ
サンバルワダ
バルフィー
ポンガル
ダール
クートゥ
クルマ
ドーサイ
イディヤッパン
プーリー
イドリー




おかずはお代わり自由、卓上のギー、ポディ、チャトニはかけ放題。

こういうフチのあるプレートはこの店やSaravana Bhavanなどでも使われていて、いかにもタミルっぽい雰囲気のある皿だが、問屋では既に古いタイプと認識されていてほとんど見かけなくなってしまった。

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仕入の合間を縫ってランチはPurasavakkamにあるWelcome Hotelでミニミールス。土曜の昼下がりは激混み状態でもちろん相席。対面席のおばあさん二人組みが非常にいい味を出していたが写真はNGとの事。







Mini Mealsの内容は
サンバルライス
トマトライス
カードライス
チャパティ
ハルワ
ベジクルマ
ポテトチップ





サンバルライスが美味くて追加お代わりしたら丸々1プレート出てきた。食べながら気付いたが炭水化物の割合が異様に高い(笑)

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【チェンナイ】マイラポールのRayar's Mess



チェンナイの朝食は宿から少し足を伸ばしてマイラポールのRayar's Messへ。



店は一見普通の住宅街で、オートリキシャー運転手ですら見落としてしまう細い裏路地の奥にひっそりと佇む。看板もボロく室内装飾も全くなく、朝7時から10時の間しか営業してないティファンの味だけで勝負の質実剛健な店である。この細い裏路地にチェンナイ内外から食通たちが集まり土曜の朝などは写真の通りの人だかり(一部食べ終わった客も含む)がしている。



食堂というより一般民家のような簡素なたたずまいの玄関を入ると、狭い部屋に4人掛けのテーブルが4つ程置かれた飲食スペースがあり、その奥には併設の厨房が見える。まるで人のウチで食べてるような感覚だが、席には先客がギッシリ入っていて満席。厨房から出てくるティファン(軽食)を固唾を飲んで待っている光景が何かの宗教儀礼であるかのようだ。







厨房の奥には眼光鋭い一人の老人が、孫のような若い従業員を巧みに使いこなしながらワダを揚げるための巨大な鍋に向かっている。その無駄のない身のこなしと達人然とした風貌に思わずティファン・マスターの称号を授与したくなる程だ。







やがてティファン・マスターがワダを揚げ終わり、弟子たちによってそれぞれのテーブルの上のバナナの葉に置かれていく。ココナッツチャトニ、ワダ、イドリー、ポンガル、ポディ、ギーなどが置かれていく。揚げたてワダの外サク中フワ感は素晴らしい。濃厚なココナッツチャトニも今まで食べた事の無い美味。何より普段食事時にはガヤガヤうるさいはずのインド人客が無言で食べている事がこのティファンの凄さを物語っている。



この店は創業85年とかでティファン・マスターが4代目。会計係をしていた23歳のManoj君がティファン・マスターの息子で5代目。大学の工学部を卒業後、店の後を継ぐため修行中。父親の味をいかに維持するかが今後数年の課題だというのでなかなか見どころのある青年だなと思いきや、自分の代になったらメニューを増やし支店も増やして大きくやっていきたいと言うので、いやそれは違うでしょと、つい持論を展開してしまった。


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2016年12月17日

【グントゥール】バスターミナル近くでチキン・ビリヤニ




アーンドラ最後の街Gunturグントゥールへ移動。ここから目的地のチェンナイは夜行列車で約7時間の道程。一晩寝ればチェンナイである。ヴィジャイワダからの列車は無かったため、バスに1時間ほど乗りグントゥールへと進み、夜行列車に乗り換える。









ここでやや空腹を感じていたのと時間が多少あったので、バスターミナル近くの食堂に飛び込みチキン・ビリヤニ。アーンドラの旅ではほとんど菜食料理だったので久々の肉が美味い。

付け合わせは
ゴングル葉のアチャール
チキングレービー
カリヤ(カッター、酸味のあるかけ汁)
ペルグシェティ(ダヒカチャトニのテルグ語名)

ドリンクはサムズアップ。
ちなみにここではミルチカサーランは無かった。
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【ヴィジャイワダ】Satya sai tiffin centerのアーンドラ・ティファン











翌日の午前中、Vijaywadaの賑々しいマーケットBessnt Rdの一角にあるSatya sai tiffin centerへ。道路に面して作業場があり、覗き込んでいるとつい食べたくなり昨日その美味さに目覚めたマイソール・ボンダをオーダーしたら4つもプレートに乗っている。またオーナーさんのと少し話をしたらまたしてもサルビスでイドリーとドーサイまでいただいた。バナナの葉に乗るティファンが美しい。









VijaywadaのBessnt Rdの一角にはまた魚市場もあり、Kakinadaで見たのとはまた違った魚、ナマズなどが売られており、その場で切り身にして売ってもいた。


















夜はVijaywadaのもう一つの老舗Babai Hotelへ。1942年創業。ここでウプマ・ドーサ。ウプマがたくさん入っていて食感が面白くやはり美味い。











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【ヴィジャイワダ】Ramayya messでアーンドラ・ミールス


Kakinadaからバスで約6時間、アーンドラ中部の都市Vijaywadaへ。
他のアーンドラの街でも感じたが、Vijaywadaのバスターミナルも非常に大きく立派。トイレも非常に清潔だし荷物預け所があるので荷物を預けてバスの搭乗時間まで街ブラする事も出来る。もちろん食堂も完備。北インド(特にUP)などに比べこの利便性はまるで違う国に来たかのような差を感じる。



夜に到着したVijaywadaでのディナーは事前に調べておいたRamayya messでアーンドラ・ミールスのディナー。ここ数日ベジ・ミールスが続いていてさすがに身体がそろそろ動物性たんぱく質を欲し出しているものの、とりあえず老舗の名店へ。







他のアーンドラの街でもそうだったが、店内に入る手前あたりで店主の座るカウンターでクーポンを買う。それと引き換えにミールスがサーブされる。

バナナリーフの上には
ベンダガヤ・バップル(Bendakaya Vapudu=『オクラ/Bendakayaの油炒め/Vapudu』)
ワンカイプルス(Vankaya Pulusu=『ナス/Vankayaのやや酸味のあるスープ/Pulusu』)
トマトチャトニ
白ライス
パパル
がサーブされる。
卓上には塩、チャナーのポディ、ギー、青唐辛子、レモンのアチャールが載っている。





この後サンバル・ラッサム・マジガプルスの三点セットも白ライス上にサーブされた。今日は入店時間が遅く先客が一人だけだった。やや離れて座ったが、その先客(法律関係のお仕事らしい)のおじさんに挨拶したら向かいの席に寄って来て色々教えてくれたのでメモる事が出来た。


次いで入店してきた夫婦。食事風景を撮影させてもらった。

Ramayya messは老舗だけあって美味く、しかも全てお代わり出来て70ルピーという安さ。

食後すぐ近くにBarを発見。順番が逆だがここ数日酒も飲んでないし、フラフラと吸い寄せられるように店内へ。







店内は満席だったが、皆さん気の良い酔っ払いで適当に挨拶すると写真撮れとかまあ座れ、みたいな流れになる。食べ物持ち込みOKの店らしく、テーブルの輪に入れてくれたグループ(ガラス工芸の職人)の中の奥さんが作ったという白身魚のフライをお裾分けしてもらいながらインドウイスキー。こういう時の話題はだいたい政治の話。楽しく盛り上がった。



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2016年12月16日

【Kakinada】市場散策


漁港も近いカキナダの魚市場を散策。
ここでもオバちゃんの働き手が目立つ。











































夜は屋台で。やはり地元のペサラットゥが美味い。







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2016年12月15日

【Kakinada】老舗アーンドラ料理店Subbayya Hotel vol.2











カキナダの朝食はホテル近くの比較的にぎわっていたVINAYAKA CAFEでアーンドラ名物のペサラットゥ・ウプマ。中にウプマが入っている。これが中にマサラが入るとペサラットゥ・マサラになる。


ペサラットゥ・ウプマだけでもボリュームがあるのにオーナーの息子と話していたらマイソール・ボンダをサルビスしてくれた。付いているチャトニは白がチャナーとココナッツ、緑がジンジャー、茶色がピーナッツの三種。人気店のようで食後のコーヒーも美味かった。


昨日同様ランチは老舗アーンドラ料理店Subbayya Hotelへ。
今日はnonACルームで。こちらの方がリアルなバナナリーフを使っている。





ベジのアーンドラ・ミールスはさんざんお代わりして100ルピー。
バップ
ベンダガヤ
ワンカイプルス
トマトチャトニ
チャナーのポディ
マジガプルスetc(手食なのでほとんどメモれない)




中部アーンドラのカキナダはあまりヒンディー語すら通じない街だが、系列店含め同店には20人ほどのネパール人が働いているという。まだ入ったばかりの新人ネパール青年がいて日給400ルピーらしい(食事と寝床は店の負担)。テルグ語はカタコト出来るという。こういうアーンドラ中部の地方都市にまで来て働くネパール人の逞しさに感心しつつ、あと数年後にもし彼が日本に来てどこかのインド料理店の厨房で働き、いずれ自らの店を持つ時はアーンドラ料理を売りにするのだろうなどといった事を想像しつつ食べた。





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【Kakinada】老舗アーンドラ料理店Subbayya Hotel vol.1


AP州のヴィシャワカパトナム→カキナダ行きはACバスで移動した。車両はシンガポールで街バスとして走っているものを払い下げたらしく妙な親近感。他にあまり乗客もなく4人掛けを一人で使えて快適だった。バスターミナルも非常に洗練され分かりやすく、アーンドラはバス旅が非常に快適である。

途中のバスターミナルでの休憩に立ち寄った際に併設の食堂厨房を覗かせてもらう。女性スタッフが多く、和気藹々とした雰囲気。食堂厨房に女性スタッフが居るのは北インドではほとんど見た事が無いので珍しい。女性の社会進出がそれだけ進んでいるということだろうか。














Kakinada到着後、早速前々から行きたかった老舗(1955年創業)アーンドラ料理店Subbayya Hotelへ。
アーンドラ料理(テルグー料理)の神髄は中部アーンドラ料理(湾岸部アーンドラ=Coasted Andhra Cuisne)にあるといっても過言ではなく、その中部アーンドラ料理が食べられる名店Subbayya Hotelでミールスを食べるためだけの目的でkakinadaに立ち寄ったと言っても過言では無い。











早速中に入るとACホールに案内された。ACホールとnon-ACホールとでは使用する皿が異なり、紙で模造した皿がより高級なACホールで使われ、本物のバナナ葉はnon-ACホールで使われていた。









ダヒワダ
ハルワ
ゴングルのパチャディ
パニール
カボチャ
アル65
ダルパルコラ
トマトライス
レモンライス
マジカチャルー
パコリ
ダヒ
etc
次から次に出てくるのと食べながらだとなかなかメモれず、上記以上にまだ数種類サーブされた。









食後ここでも厨房を覗かせてもらう。使い込まれた真鍮の調理器具がガスではなく土のコンロ上に置かれている。インド人はガスでなく土コンロの生の火で作る料理が美味いとよく主張するが、こういう一部の老舗では今だにそのような設備で調理され、それが人気の理由の一つになっている。





















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2016年12月14日

【アクック】アディヴァーシー(先住民族)居住エリア vol.2






アクックからのヴィシャワカパトナムへの帰途、スンカラメッタという集落に立ち寄り家や台所などを見せてもらう。こうやって途中に気になる村があると『ストップ』をかけられるのがチャーター車の利点である。










(特に女性は)ヒンディー語はおろかテルグ語も通じないが、カメラを見せると暖かく迎えてくれる。本当ならば原初のインド料理とも言うべき彼らの食事にも興味があったが、台所などを見せてもらっただけでも非常にありがたかった。

























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