2017年07月01日

インドネシアのカレー店 Go! Curry


ジャカルタでもインド料理が気になり、検索していると少し気になる店が引っ掛かった。
市内に5つのブランチを展開しているGo! Curryという店である。後述のようになかなかユニークなメニュー構成だった。尚オーナーはインドネシア人とのこと。




バジャージ社の三輪タクシーが走っている点がインドを知るものに安心感を与えてくれる。
Go! Curryにはこれで行った。



店内に入り、早速気になっていたメニューを開いてみる。非常に斬新で面白い。
ブラウン、グリーン、レッド、イエロー、ローガンジョシ、ティッカマサラの各6種のカレー・グレービーから一つをチョイス(このラインナップはロンドンのインド料理屋を想起させるが、このうちブラウンカレーはメニュー説明によれば「日本の伝統、リンゴとカルダモンをヒントにしたシェフ秘伝の味」と記載がある)。



次いで5段階の辛さから一つをチョイス。
次いでカレーに合わせるライスを4つのバリエーションからチョイス。
最後にトッピングを10種の中からチョイス。上記で選択した各6種のカレー・グレービーは単にグレービーだけで具は改めてチョイスする。この具にはタンドリーチキン・ティッカなどイギリス風インドカレーの定番がある一方、チキンカツや魚やエビなど「日本風」の具も含まれているのが興味深い。要するにこのグループはイギリスカレーと日本カレーの双方からアイデアを取り入れていることが分かる。



ここで選択したのはローガンジョシの中辛、アロマティック・イエローライスにしてトッピングをタンドリーチキン・ティッカにした。



またそれに加えてサイドメニューにナン・ウィッチNaan'wichなるナンを使ったサンドイッチもオーダー。中の具はチキンカツをチョイスした。

内装はロンドンの最新インドカレー店を思わせる作りに日英融合の斬新なメニュー構成。
長くインドを支配してきたイギリス・ロンドンには当然インド系レストランも多い(蛇足ながら、イギリスのインドレストランを経営しているのはインド人じゃなくてバングラデシュ人だ、と訳知り顔で説明する人もいるが、そもそもベンガル地方の特にシレットからの移民がロンドンに流入したのはバングラデシュが建国される1972年以前からであり、当時バングラデシュ人という概念は存在していない)。

ロンドンのインドレストランの一部は従来、チキンティッカマサラ、コルマ、ビンダールー、ローガンジョシ、マドラス、ダンサクなどのイギリスナイズされたインド料理(それらはインド本国のものとはかなり乖離している)が主流であった。この辺りの事情はリジー・コリンガム著『インド・カレー伝』に詳しい。特にここ数年〜十数年、ロンドンのカレーシーンではより本格志向に流れる傾向があり、例えばメニュー名に「アレッピーの…」とか「カシミールの…」などとインドの地名を頭に付ける事で本場感を出そうとしている。また内装もインドの雑貨などを取り入れたりしてリアリティを持たせようとしている。


写真はロンドン市内の店舗内装

とは言え長年イギリス風インド料理を出し続けてきたせいか、味の点ではインドのそれとは遠い印象で、例えばロンドンの老舗インドレストランでニハリを注文したらグレービーが甘くまるでティッカマサラ味だったりした。下写真参照



このGo! Curryは内装やメニュー構成はもちろん、そうしたある種オリジナルとは遠いロンドン風インドレストランのテイストすらも取り入れて構成させているのだとしたら、ややうがった見方かもしれないが、かなり練られたコンセプトだなという印象を持った。


Go! Curry店内
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2015年10月15日

【KLのインド人街・Bangsar】


KLではJalan Masjid India周辺とBrickfieldsにある二つのリトルインディアがKLのインド人街として有名だが、それ以外に第3のインド人街というべき商圏が、KLセントラル駅から北西方向にあるBangsarに小規模に展開している。







まずタミル菜食料理チェーンのSaravana Bhavanとチェッティナドゥ料理チェーンのAnjapparが目立つ場所に店舗を構えている。並びに宝石・宝飾店が数軒並び鉄砲を持った門番が警護している。これら宝石商もグジャラート系で、近くにはごく内輪で参拝されるジャイナ寺院もあるらしい。通りの裏手に入ってもBananaleafなど南インド系レストランがある。この周辺一帯は割と高級ショッピングエリアらしく、金持ちそうな白人系が高級車で乗り付けて買物などしている。





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2015年09月02日

マレーシア・KLに於けるネパール人街探訪 vol.3

【客層】
日本や欧米諸国でネパール人によって経営される飲食店の場合、顧客は大半がその国の人々だが、KLに存在するネパール飲食店に入るマレーシア人の姿は皆無である。純粋にネパール人がネパール人、それも圧倒的に男性出稼ぎ労働者を相手にして商売している(中には妻子連れの人もいるが、彼らが妻子連れでネパール人街を訪れるのは大体休日である)


界隈にあるデウラリ・レストランの看板


デウラリ・レストランへの階段


彼らは単独でも食事している人もいるがたいていグループで来ている。日本の大久保辺りのネパール飲食店でもよく見かける光景である。こうした客もまた東ネパール出身者が大半で、ネパール本国での人口構成で最多のバウン・チェトリが少ないのが興味深い。日本でもネパールの人口構成比と同様にバウン・チェトリが多いが、KLでは極端に東ネパール出身者に偏っている。おそらく先行者として東ネパール出身者がマレーシアに入り、他の出身者が入り込む余地の無いほどにブローカー業や人材派遣業などを独占してしまったからなのではないだろうか。



デウラリ・レストランのメニュー表

マレーシアでは諸物価に比べてやや割高なビールなどと共に食事している客が多い。もちろん多くのレストラン経営者も東ネパール出身者であり、メニューには東ネパール特有のスングル(ブタ)料理が多く含まれる。

こうした主食料理のカナのほか、チウラやモモなどのカジャも出される。こうしたものをアテにしてマレーシア特有の度数の高いビール、ロキシー、トゥンバなどを昼夜問わず飲んでいる。水牛肉を使ったスクティもメニューには存在する。カシ(去勢山羊)を使った料理で面白いのは国産(マレーシア産)と外国産(オーストラリア産)のメニュー価格が異なることで、国産の方が上質らしく価格も高い。



界隈でも珍しいブタのスクティもある。ドリンクはトゥンバ。この店はシェルパ族の経営。


厨房の様子


とりわけ仕事の休日である土日はレストランと言わずJalan Tun Tan Siew Sin一帯に多くのネパール人出稼ぎ労働者がKL郊外内外から集まる。中には妻子など家族を伴った人たちもいてネパールサリーなどを身にまとったネパール女性の姿も見ることが出来る。界隈のいたるところに人の輪が出来、お互い集まって近況報告や情報交換などしている様子が見える。
ちなみに界隈のレストランの閉店時間は大半は非常に早く、午後19時には閉店してしまう。


デウラリ・レストラン オーナーご夫妻
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マレーシア・KLに於けるネパール人街探訪 vol.2

【店内の様子/The GURKHAS


界隈の中では比較的立派な作りのレストラン(紙に下手な手書きで作った看板も少なくない)
また店も約15年ぐらい前から経営されている老舗。


店内の様子。床板・壁板などに木材が使われていたり、
内装の様子がネパールを装飾を思わせる作り。


オーダーしたダルバート。味わいのあるチャレス(真ちゅう)のターリーに入っている。
ダルバートは一皿10RM(約300円)。本国同様、肉以外はお代わり可。


水牛肉のスクティ


ブタのフライ 8RM(約240円)。盛りがよく味も素晴らしい。
東ネパールに特徴的なブタの料理が美味しい。


グルン族の従業員(左)とオーナーの親戚の青年(リンブー族)
このリンブー青年は英語堪能で、出稼ぎというより半分遊びでマレーシアに来ている。
Kiratというアニミズム的なリンブー族の宗教とUbhauliという夏至祭り、Udhauliという冬至祭り
ダランにあるBhudda Subbaという寺(=リンブー語でmanghim)の事、インドのシッキム州は実はライ・リンブー族が多く、州政府内高官にもライ・リンブー族出身者がいる、などいろいろな情報をもらった。










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マレーシア・KLに於けるネパール人街探訪 vol.1

【ネパール人街のある場所】
Wikiによると、約187万人ものネパール人がマレーシア国内に存在するという。これは同国の約6パーセントに値し、マレーシアにおける外国人労働者人口の比率ではインドネシア人に次いで2番目に多い。その多くは零細工場、飲食業などに勤務している。この膨大な統計人口の中には少なからぬ不法滞在者も存在するという。ちなみに日本に滞在しているネパール人の人口は36,000人。都内など一見ネパール人人口が増えているかに見えるが、実にその50倍ものネパール人がマレーシアに滞在しているのは驚きを禁じ得ない。道理でマレーシア発着のカトマンズ直行フライトが一日4便も飛んでいるハズである。

こうした出稼ぎネパール人労働者を相手に商売する、ネパール人による飲食店/ネパールに帰国する際に手土産にする品々を置いた店が集中する一角、いわゆるネパール人街がKLのど真ん中に展開している。こうしたネパール飲食店の大半は(おそらく家賃の安さから)1Fではなく2F以上で経営している。2Fに上る階段の壁または入り口にはそれぞれの店が装飾などにネパールらしさを出そうと趣向を凝らしていて見ているだけで面白い。またデーヴァナーガリー文字で店名が記載されている。






2Fへの店舗へといざなうデーヴァナーガリー文字の看板が至るところにある。


ガイドブックにも載っている著名な観光地・チャイナタウンからほど近いKL中心部にネパール人街は位置する。近くにはバス・ターミナルもあり、また流しの長距離らしいタクシーもこの地区には多く停まっている。KL市内だけでなく地方からもアクセスしやすい立地であることが分かる。



具体的にはJalan Tun Tan Cheng Lockを挟んだ場所に位置する巨大ショッピングセンターKota Raya Complexの裏手周辺、特にJalan Tun Tan Siew Sinという小さな商店が並ぶ通りの両サイド、特にその階上2F,3Fに多くのネパール人経営の飲食店が固まっている。




やや古びた感じが退廃的な雰囲気を醸し出す巨大ショッピングセンターKota Raya Complex
ここがKLにおけるネパール人街の起点。

事前にネットで調べた際にJalan Silangという、やはりこの周辺地区にはミャンマー系商店が多く集まり、リトルミャンマーと呼ばれている事が分かった。タイのバンコクで商売しているネパール人はミャンマー国籍が多かったし、ミャンマー人商圏とネパール人のそれは近くに存在するであろうことが予測された。他にバングラディシュ人もこの界隈には多い。


ネパール系・バングラディシュ系・ミャンマー系が集まるJalan Tun Tan Siew Sin界隈


実際のJalan Tun Tan Siew Sinは、割合的にはバングラディシュ3、ネパール3、ミャンマー2、その他2ぐらいで構成されているストリートで、特に1Fで営業しているバングラディシュ系のレストランが目立つ。その階上2F,3Fにネパールレストランや物産店が入っているケースが多い。非常に興味深かったのが、こうしたネパールレストランや物産店の経営者の大半がネパール国内では少数派であるライ/リンブー族の人々だったことである。一体なぜライ/リンブー族のオーナーが多いのか何人にも聞いたが不明。ネパール人街にある飲食店は全部で26軒あるが、その内7〜8割がライ・リンブー族の経営。残りはタマン、グルン、シェルパなどらしい。ネワール料理店も(一部ネワール料理をメニューに入れている店もあるが)無い。

【店内の様子/ネパール・カジャガル

壁にネパールらしいレンガの壁絵が描かれているのが印象的なネパール・カジャガルという名前の店へ。


店内の様子


オーナー夫妻。彼らはグルン族。


厨房の様子。彼ら厨房係りはリンブー族。




店内に入ると、すぐ傍らにトゥンバ用の容器などが置かれている。


チウラにブタのサデコとバトマスが載ったカジャ


ロキシーを置いている店は界隈でもあまり無い。


チャンなどの発酵酒の発酵をうながすマルチャ(麹)も販売している。価格は1個 1RM(=30円)
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2015年03月15日

クアラルンプールのパキスタン系マーケット・City One Plaza




KLにはパキスタン系の集住商圏といったものは無いが、代わりに中心部にあるショッピングモールCity One Plazaは1F2Fのテナントの大半がインド・パキスタン系衣類店、3Fフードコートには10軒のテナントのうち8軒がパキスタン料理店(他にインド系パンジャブ菜食料理1、マレー料理1)が並び、さながらパキスタンマーケットの様相を呈する。ちなみにここを教えてくれたのはKLセントラル駅近くの宿泊先でバイトしていたパキスタン人のおじさんである。









ラホール出身者のパンジャブ料理、ペシャワールのチャッパルカバーブを出す店、サモサなどスナック類を出す店の他、フィルニーやハルワーなどパキスタンスイーツ専門店まである。ウルドゥー語で話しかけると味見しろと小皿によそってくれて金を受け取ろうとしないのもパキスタン人らしい。ここに来ることで充分にパキスタン欲は解消出来る。











テナント料は月1600リンギット(56000円)、3F以上の上階はコンドミニアムになっていて、そこにもパキスタン居住者が多いらしい。しかしビルオーナーは中華系らしい。










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2014年08月11日

タイ・パキスタン友好協会

シーロム通りからGEM/宝石関係の卸問屋などが並ぶMahaseth Rdを15分ほど徒歩で北上した右手に、1954年の設立というThai-Pakistan Friendship Association(タイ・パキスタン友好協会)の事務所がある。【13 Mahaseth Rd, Si Praya, Bangkok 10500】ゲートにはThai-Pakistan Friendship Mosqueという看板が掲げられていて、1Fが友好協会事務所、2Fが礼拝所になっている。



たまたま訪れた2014年8月3日の日曜日は後で知ったが月一の集会日だったようで、タイ・パキスタン友好協会のメンバーたちが4〜50人ほど集まって会合していた。2Fの礼拝所に行く人なども居て建物の外にも談笑している人たちがたむろしてる。礼拝所は必ずしもタイ国籍/パキスタン国籍所持者だけでなく、それ以外の出身地のムスリムも礼拝に来るという。


1F奥の部屋が会議室になっている

集まっていた人々の風貌が、いかにもパキスタン系と分かる人が少なく(ムスリム帽など被った人も居たが)、当初何人かにウルドゥー語(風のヒンディー語)で話しかけたら通じなかった。聞くと在タイ2世とか3世の方で、彼ら同士の会話は会議の議事進行も含めタイ語でなされている。既にウルドゥー語が出来ない人も少なくなく、国籍もタイ国籍の人たちも多い。会議室内には女性会員もいらっしゃったが、外見的には南タイとかマレー系に見えた。渡タイしてきたのが主に男性で、タイ在住後に結婚したのが地元だったりマレーシアの女性だったりと混血も進んでいるようである。



集まっていた中で、ウルドゥー語の分かるラホール出身のアブドゥール氏という、在タイ20年になるアパレルビジネスをされているパキスタン国籍の方が居て、こちらがパキスタン旅行も3度してパキスタン文化に関心あると言うと歓迎してくれて、会議中の室内に招き入れてくれ、会長のSakulshah氏他メンバーの方々を紹介していただき、更にチャイまでご馳走してくれた。真摯な議事進行が滞っては…と一瞬遠慮したが、特段難しい議題がある訳でなく、定期的に集まってワイワイと茶飲み話をしているだけのようらしい。





現在の事務所はやや古くなってきているので現在アユタヤにモスクも併設の大きな施設を建設中だとか、かつては布地販売・仕立て業などを自営でする人が多く、現在は宝石関係が多い、パシュトゥーン系も宝石関係の仕事の他、中古車ビジネスをしている人も多い、など教えてもらった。ごく短時間の滞在だったが非常に興味深い時間を過ごさせていただいた。
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2014年08月09日

在タイ・ネパール人

HALAL LANDのあるsoi Puttaosot周辺は、パキスタン人経営による同店ようなハラール食材店以上にネパール人が個人経営している食材店が多い。soi Puttaosot全路周辺に約10軒程のネパール人経営の食材店があり、そこで買い物しているのは在タイ・ネパール人に限らず、インド系・パキスタン系も居た。食材店で売られているものは在タイのインド系/ネパール系の卸業者を通じて仕入れた食材/日用品など。中には生鮮野菜など置いている店もあり、閑散としたハラール食材店よりも若干活気を感じられる。周囲に漂うカイネ/噛みタバコの匂いなどが強烈にネパールらしさを印象付ける。





ネパール人と言っても元々の出自がネパールであるものの、国籍はミャンマーの人がほとんど。要するに所持しているパスポートはミャンマーのものである。当然共通語としてネパール語も話すし、ヒンディー語も理解する。彼らの上の世代が渡ミャンマーし、現在渡タイしている人々はだいたいはその下の世代で、在タイ歴も10年20年といった人も多い。タイ語も不自由ない。永住権などはなく、ワークパーミットのようなもので滞在しているらしい。タイの入管/警察のチェックも厳しいらしく、たまたまsoi Puttaosot周辺を訪れた二日目に複数の警察官が周囲を検問していた。



soi Puttaosotにはこうした食材店の以外に南インド/Jain Food レストランが多く見受けられる。これは周囲の宝石業者がジャイナ教徒のインド人が多い事を意味する。バンコクのインド系移民が多い場所=インド人街としては以前はスィク寺院のあるパフラットや最近はスクムビットやプラトゥーナームなどが有名だが、このスリウォン地区にこれ程のインド系の集住エリアがあるとは知らなかった。後で分かったがsoi Puttaosotにはジャイナ教寺院が二つもある。



南インド料理やジャイナ教料理を提供する店が多い。オーナーはミャンマー国籍のネパール人など。

こうした南インド/Jain Food レストランの一つShiv sagar Indian Restauranに入りチャ(チャイ)を飲みつつオーナーのShyam氏から興味深い話が聞けた。


Shiv sagar Indian Restauran オーナーのShyam氏

彼も国籍上はミャンマーのネパール人で、ネパールでのカースト的にはパンディット(司祭)である。タンクトップの肩越しにパンディットを象徴する聖紐も見える。店は純菜食で、客層は主に在住インド系(ジャイナ教徒が多い)だったが、以前はsoi Puttaosot周辺に事務所と共に住居も置くジャイナ教徒が多かったが、ここ最近は郊外に移る人が増え、商売的には厳しいらしい。例えば5年ほど前には昼時に満席になったケースもあったが、最近そのような事は全くなく、店は賃貸で月々の家賃の支払いも厳しいという。


Shiv sagar Indian Restauran 外観

お店のメニューを見るとジャイナ料理の他、ドーサ、ワダなどの南インド料理もある。これを誰が作るのか聞くと何とShyam氏本人だという。元々調理経験も無かったが、南インド料理を覚えるためにタイ南部・マレーシアとの国境辺りまで行ってタミル系飲食店で働いて習ったという。この辺のたくましさがネパール人らしくて素晴らしい。ちなみに店には北インド料理を作る別のコックさんも雇っているという。


お店のメニュー

バンコク在住のネパール人が婚礼パーティだったり、故国の祭事などで使うホールとしてピヤ?ホテルとかシヤパンキャ?ホテルといった数少ない在タイ・ネパール人オーナーのホテルがあり、そこで行われているらしい。今度タイミングが合えば在タイ・ネパールの間で行われるイベントに潜入してみたい。
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2014年08月07日

バンコク・HALAL LAND周辺

シーロム通りからハルーン・モスクに向かう途中、Mahaseth Rdを北上して歩いていると右手にHALAL LANDという看板が目についた。初回通りがかった時はちょうどラマダン中で閉まっていたが、後日再び近くまで行った時は既にラマダン明け後で通常営業していたので、つい吸い寄せられるようにして店内へ。


ハラールランド外観

販売されているものは至ってごく普通のハラール食材店で販売されているようなもので価格もほぼ変わらない。ちなみに500g入りのアチャールの瓶詰価格を聞いてみたら100バーツ(約350円)で日本と大差ない(同じmotherというメーカーの価格は新大久保ナスコで350円)。

日本同様、輸入卸のインド人業者/パキスタン人業者がそれぞれ居て、そこから仕入れているとカラチ出身の店員さんが教えてくれた。顧客は当然在タイのパキスタン人が中心だが、訪問時(平日昼)他に客は居なかった。


店内の様子

HALAL LANDと同じ建物のMahaseth Rd沿いには立派なBBQレストランがある。一見してムスリムと分かる客層以外にもタイ人客で賑わっていて、こちらにはタイ人従業員も働いている。ここも同じ経営者だという。またHALAL LANDと同じ建物の上階はゲストハウスとなっていて、中は見ていないがAC付350バーツ、ナシ280バーツ程で宿泊可という。このゲストハウスに宿泊して周囲のインド・パキスタンエリアを散策するのも面白い。

ちなみにHALAL LANDのあるsoi Puttaosotを西に進むとすぐ近くには南インド系の菜食レストランが数件(某有名南インド料理チェーンと同名のものもあり)、Mahaseth Rdの西側にパキスタンレストランが二軒、東側に一軒あった。この内のパキスタンレストランのカーン・レストランでチャイ休憩。以下はその時のメニュー。




店内の液晶テレビは日本のパキスタン店同様、衛星放送でパキスタンの情報番組などが流れていた。

Mahaseth Rd周辺の宝石関係、特にビーズや宝石付随関連の商品を扱う業者にパキスタン人が多いらしい。HALAL LANDからやや北上した辺りにはThai-Pakistan Friendship Mosqueという在タイ・パキスタン系が多く集まる施設もある。またMadinaなどといった店名のハラール・レストランも周囲には数店点在し、そのうちの一つが非常に味のある腰の曲がった老婆がウエイトレスをやっている店があり、機会があれば是非入店してみたかったのが非常に心残り。次回のバンコク訪問時の楽しみとしよう。


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2013年08月22日

バンコクのナームダーリー派グルドワーラー

地下鉄Asoke駅からほど近い場所に、バンコクでよく目にするナームダーリー・スィク教徒の寺院(グルドワーラー)がある。(ナームダーリー派の寺院は全世界にあり本拠地はパンジャーブ州LudhianaにあるBhaini Sahib)



門をくぐるとそこがバンコクであるのを忘れさせるかのような静かなグルドワーラーが木立に囲まれ佇んでいる。しかしラチャダーピセーク通りを挟んだ対面には有名な風俗街ソイ・カウボーイがあり、そのタイ的なギャップに戸惑いを禁じ得ない。



ナームダーリー派はスィク教の改革派で、ラーム・スィングによって1800年代にパンジャーブ州Ludhiana近郊で誕生。対英独立運動で逮捕されたラーム・スィングがラングーンに流刑、1872年にはパンジャーブ州Malerkotlaで英軍の砲撃により66人のナームダーリー派兵士が殺害されるなどした。フリーダムファイターとしての評価は(それが全インド的なムーブメントになる前に)非暴力的手法で英国に立ち向かった点で知られている。





グルに対する解釈その他教義上の違いはあるが、一般のスィク教(カールサー派)との分かりやすい差異としては菜食すること、白い服と白いターバンを巻くこと、ターバンの巻き方として傾けず、大地に対して平行に巻く事など。その目立つ外見も含めてバンコクの市場ではよく目にする存在で、実際に経済的に成功している企業人も少なくないという。









グルドワーラーに入る時は髪を布で覆うのは世界共通。入口脇のプージャリーからアムリタ(甘露水)をスプーン一杯もらい、すする。また甘いプラサードもいただいた。



訪問した時、ちょうど数時間前まで結婚式と披露宴パーティーが行われていたという。百人以上が集まり菜食料理の宴が行われていた残骸がそこここに見られる。あと数時間早ければその様子を観れたのに残念だ。



パフラットなどのインド人街だけでなく、スクムビットやプラトゥーナームなどのインド・レストランのオーナーなどもナームダーリーは少なくない。従って旅行者でも意外に彼らとの接点はある。
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2013年07月08日

シェムリアップのインドレストラン

アンコールワットで有名なカンボジアのシェムリアップにもインドレストランは存在する。しかも決して大きくない街にもかかわらず13〜14軒ものインドレストランが存在するという。その中には北インドまたは南インド出身者が経営している店もあれば、パキスタンやスリランカなどインド周辺国、またマレーシアなど東南アジアに在住していたインド系移民が経営している店までバラエティ豊富で非常に興味深い。

India Gate
オーナーはインド料理コック排出地として随一のガルワール出身(Tehri Garhwal県)。バドリナートとかケダルナートなどヒマラヤ聖地の写真と共に自分の一族の集合写真が大きく引き伸ばされて壁に掲げられている。店ではオーナーの親戚のガルワール出身男性も一人一緒に働いている。開業して約8年弱だという。元々デリーのホテルなどで勤務していたが、東南アジアのオーナーに招聘されたのをきっかけにマレーシアやタイなどで転々と勤務した後さらに招へいされてシェムリアップに来たという。どのようないきさつで独立に至ったか興味深かったが詳しくは分からなかった。奥さんがカンボジア人という訳ではなく、オーナー家族はハリヤナ州チャンディーガルに居る。


India GateのオーナーシェフのVikram氏(右)

店舗家賃は1300米ドルで、中心部にあるとはいえ諸物価に比べて意外と割高な印象。その他一人現地の女性をパートで雇っていて、経費は決して安くない。タンドールは材料など全てシェムリアップで揃えた自作。内装なども可能な限り自分の手で施したという。料理に使うベーシックな食材は当然地元で仕入れるが、マサラなどカンボジアで一般的でないスパイス類の仕入先としては、年に一度程の割合で帰国するインドから直接持って来る他、時々インドから郵送してもらう事もある。またプノンペンにパキスタン系の食材卸業者が居るそうで、そこから購入する場合もあるという。


India Gateで食べたエビカレーのセット(Prawn Thali / 8USD)

New Delhi
India Gateオーナーの話では、シェムリアップにもう一軒、New Delhiというガルワール出身者が経営するレストランがあると聞き、後日食べに行った。New DelhiはIndia Gateよりも若干古く8年以上、シェムリアップで営業しているという。オフシーズンのためオーナーは店には出ていず、代わりに20代半ばとおぼしきイケメンの息子さんが丁寧に接客してくれた。また若いカンボジア人のオーナー夫人も一緒に店内にいた。味も脂っこくなくて美味しい。日本人観光客/インド系の観光客もたびたび訪れるという。



ちなみにガルワール出身者に出身地を聞くと、デリーまたはデーラードゥーン(ウッタラーカンド州州都)と答えることがある。それはこちらがガルワールという地名を知らないだろうという配慮であったり、勤務地がデリーにあったということだったりする。


小ざっぱりとして居心地の良いNew Delhi店内。

Taste of India
パンジャーブ系のオーナーによって経営されている。ただし訪れた時はオフシーズンのためオーナーはインドに帰国中で不在だった。


店内にはマレーシアかインドネシアからと思しきツーリストが食事していた。

奥の方にインド系とおぼしき二人組が居たので、当初オーナーかと思って話しかけたら単なる客だった。が、元々ボンベイ生まれでありながら、現在は中欧に在住しているという医者だった。カトマンドゥやタイなど旅しながらシェムリアップに来ているという、なかなか出会ったことの無いタイプのインド人だった。ちなみにここのオーナーの兄弟は、同じ市内でCurry Walaという北インドレストランを経営している。



Maharajah


Maharajahという店名ではあるもののオーナーはパキスタン人。13年前、当時オランダに住んでいたオーナーのアフマドさんはフランス人の彼女を伴って、UNTACの活動に参加していたパキスタン軍の親戚の訪問も兼ねてカンボジアに来たという。その際アンコールワットなどの観光資源があるにも関わらす飲食関係が充実していない事に着目し、その後も何度かカンボジアを訪れたのち、シェムリアップで開業したという。彼がここに来た当時から残っているのはLittle IndiaとTaj Mahalの2軒のみだが、現在では13軒ものインド系飲食店が存在する。ちなみにLittle IndiaもTaj Mahalも共にオーナーはパキスタン系。このうち、シェムリアップで現存する最古のインド系レストランがLittle Indiaであるそうだ。


Maharajahのオーナーであるアフメド氏。人生経験豊富で貫禄あるルックスだがまだ30代。

シェムリアップの中で少なくない店が、元々彼の店で勤務していたスタッフが独立して作ったものだという。ちょうど訪れた日も、パキスタンから二人、新人コックが来ていた。この店は埼玉に長年在住していたという、オーナーの親戚パキスタン人が共同経営者という事だったが、この日はやはりオフシーズンでパキスタンに帰国中という事だった。


Maharajahで食べたビーフ・ビリヤーニ(5USD)とライタ(2USD)。
ボリュームがありながら油で重くなく、かつ滋味深い味わい。濃厚なライタも量が多い。

他にもシェムリアップにはKerala RestaurantやDakshin'sなどといった南インド系のレストランも存在し、是非訪れたかったものの短い滞在期間のため果たせなかった。


街の中心部、立地の良い場所に老舗インド料理店Little Indiaはある。
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2013年07月04日

在バンコク・インド人(プラトゥーナーム編)

以前のインド仕入の際もブログに書いたが、インド行の飛行機に乗る際、最近ものすごく目につくのが、判で押したようにインド系の乗客が皆テレビを預託している事実である。



バンコク発デリー行のLCCであるIndigo Airのカウンターにはインド人客が長蛇の列を成し、しかもそのインド人客の大半は中年男性客である。おそらく預託荷物の重量などでモメているのかカウンターの進み方が他の航空会社に比べて遅い。皆海外に出たことによる躁状態により必要以上に声や笑いなどリアクションが大きい。その彼らのほぼ全員がテレビをワゴンカートに積んでいると言っても過言ではない。

前々からその仕入先がどこなのか気になっていたが、今回プラトゥーナーム周辺をプラプラ散策していた際、そうしたテレビ仕入先を複数見かけた。バイヨークUとTの間あたりの小路に北インド料理屋が多いが、その北インド料理屋が並ぶ間に特に集中的に電器屋が並んでいる。

この電化製品を扱っている店舗を経営しているのはほぼ10割パンジャーブ移民(スィク教徒)の2世または3世である(店舗名の大半がNanakとかGurupeetとかいかにもパンジャーブ系の名称。また壁に必ずスィク教のグルの絵が飾られている)。直接彼らが店頭に立っていなくても、彼らの縁故を頼って渡泰したパンジャーブ系(特にチャンディーガル周辺出身者が多いという)が店に立ってい場合もある。彼らは流暢なタイ語を話す一方、ヒンディー語も理解するので客のほぼ10割を占める北インド人系の客をさばく。北インド系特有のしつこいまでの価格折衝なども同じインド人なので難なくこなしている。その光景は北インドのバザールで展開されるそれとなんら変わりない。


ナームダーリー・スィクの人々。真ん中の人はこの地区の電器店オーナー。

さて、そんな電器屋の中の一つNという店から聞いた話しの一部として
サムソン製 LED 32inch 7,500〜9,000バーツ, LEDに3Dが付いたタイプ 40inch 21,500〜23,000バーツ という事だった。(ソニーは価格が高い上に3Dの性能が良くないのでインドではサムソン製の方が好まれるという)

これらをインドに持って行った場合、サムソン製 LED 40inch で約15,000Rs, LEDに3Dが付いたタイプで約22,000Rsもの利ざやが稼げるという(ちなみにIndigo Air のサイトで確認したら、直近でなく(直近は値段が高騰する)数か月先のデリー/バンコク往復が17,690Rsだった)。

インドにも買い取り屋があり、いつでも持って行きさえすればデリーのカロールバーグにあるグファー・マーケット(中古家電製品の市場として昔から有名)に複数ある買い取り屋が奪うようにして買い取ってくれるという。ちなみにこのグファー・マーケットもパンジャーブ系商売人が多い。

グファー・マーケット特定の業者名など教えて欲しかったがその必要はないという。行けば必ず群がるようにして誰かが買い取ってくれ、上記のような利ざやが稼げるという。40inchを超える大きさのものは基本的にはインドでは輸入NGのようだが、税関へ袖の下を渡すことで入れられるという。バクシーシの相場は画面サイズによるが8,000ルピー〜だという。(ただしこれはインド人の場合なので外国人の場合はどうなのか不明)


レストランから電器屋に商売替えしたことが如実にわかる外観。

昔タージマハルで有名なアーグラーなどで『この宝石を日本に持っていけば何十倍にもなる』といった分かりやすい詐欺が横行したが、この場合はテレビであるし、インドで売るなどと思わなくてもインド人の友人にプレゼントしたらさぞ喜ばれるに違いない。32inch 7,500バーツ〜というのは日本で買う場合を考えても安い。今度インドで業務を手伝ってくれているインド人に買っていこうかな…などと夢想する。

さて夜になってこのエリアを徘徊しているとナムキーンや豆をカゴに入れて歩き売りする、インドでも都市部では今時見かけないインド人が居た。話を聞くとUP州ゴーラクプールから親族を頼って3ヶ月前にタイに渡ってきたが、タイ語も分からないという。こうしたナムキーンや豆の材料はこの地区のパンジャーブ人から仕入れているという。インド人が在タイ・インド人からモノを仕入れてインド人相手に商売をして成り立つという、それ程までにインド人密度が高い地区であるという事なのだろう。


バンコクで見かけたナムキーンワーラー。雨がパラついていたため頭にビニール袋を被っている。

さらにナムキーンだけではビールのアテに寂しいと思い、立ち並ぶ屋台通りをしばらく歩くと、タイ料理の惣菜屋台に並んで個人的に毎度おなじみのパコーラとかサモサを売っているインド人が混じっていた。で、興味本位でついパコーラを注文。


タイ人のタイ屋台に混じってパコーラ屋台が忽然と現れる。

話を聞くしと彼もチャンディーガル出身のスィク教徒で、タイ在住8年という。この地区のインド系は昔から住んでいるパンジャーブ系が多くて居住人口の大体半分ぐらい、後の半分は北インド系(UP州ゴーラクプル)のヒンドゥーその他だろうという事だった。そうした北インド系のオーナーがインド料理店やゲストハウスなど開き、次第にインド本国からの観光客も流入するようになり、さらにそういうインド人観光客向けの商売が広がっていったという事だろう。

別の日、元々インド人街として知られているパフラット地区に行った。パフラット地区にはかつても決してインド人でにぎわっているという程のマーケットではなかったが、従来に比べてさらにこじんまりとした印象。とは言えここでも約2軒、テレビなど家電を売る店を見かけた。昔から商売をしているという日向ぼっこしているパンジャーブ人老人に、かねがね疑問だったなぜプラトゥーナームにこれ程インド人観光客が集まるのか聞いたが理由は分からないという。中にはパフラットに住んでいながらプラトゥーナームなど行ったことが無いなどという老婆も居て驚いた。

オフィスなどを構えたり、高級飲食店などを構えたりするのにはプラトゥーナーム地区よりも在バンコク・インド人はスクムビット地区を好むという。ただスクムビット地区よりも若干ホテル相場が安く、お土産や手頃な価格で販売される衣料品などの市場があるプラトゥーナームが、おそらく口コミなどでインド人観光客に広まり、こうしたインド人観光客の増加に伴い商機を見てパフラットからプラトゥーナームに進出していった二世・三世のパンジャーブ系、という構図なのだろう。もちろんインド系の観光客は単純に在インドだけでなく、在シンガポール/マレーシアのインド系の観光客も増加しているという。彼らは南インド系が多いため南インドのメニューも備えているレストランが少なくない。

あるインド系住民によると、その昔、この地区に売り子としてヒンディー語のできる在ビルマ・インド系の男性/女性たち(おそらく元来はUP州出身)が出稼ぎに来ていたという。飲食店と電器店が最もインド人観光客を対象とした店舗として目立つ、というか、それ以外のインド系の店舗は皆無に近い。中には飲食店と電器店を兼ねている店まで存在する。


ドーサ・イドリー・サンバールと同じ面にテレビと電化製品の看板。
客が買いたいものを売るのが商売の基本。

インド人観光客の増大に伴い、決して安くない(肉系のカレー一皿で大体200バーツ前後する)インドレストランが食事時になると満席状態になるのを見たこともある。インド人観光客はタイに行ってもインドレストランで食事をする場合が多いので、インドレストランも増加傾向にある。またオーナー変更による改築も見られる。


改装中のインドレストランBombay Dreams。
いろんなボリウッド映画スターの肖像写真が看板や外装にちりばめられている。

プラトゥーナーム地区にしてもパフラット地区にしてもオーナーはパンジャーブ系の場合が大半だが、調理しているのはほとんどガルワール出身者(の中のテーリーという地区)である。彼らの中には直接デリーなどインド国内のホテルなどからタイに招へいされた人もいるが、例えばシンガポールやマレーシアなどのインドレストランで勤務した後、バンコクに来た人もいて、そういう人たちはシンガポール/マレーシアで好まれるスタイルのインド料理やマレー料理なども調理出来るため重宝がられる。
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2012年07月19日

バンコクMBK

日本国外に出る時は、以前バンコクのMBK 4Fで購入したiPhone3GS(SIMフリー)が重宝する。各国に着くたびにSIMカードを入替するだけですぐに通話もメールもネットも可なのだからこれ程便利なものはない。更には日本では規制により利用不能の「テザリング」機能も便利で、PCに接続すればwifiルーター代わりにネット出来る。今回インド人に頼まれて同種のiPhone中古をMBKで購入したが、以前よりさらに安くなって6,500THBで購入出来た。

さて、今回以前ここで購入したiPhone3GSを日本でiTunesにつなげ、誤ってiOSをアップデートしようとしてアクティベート不能となってしまった。初期の状態に戻すことも出来ず、秋葉のアップル系の店で聞いても要領を得ず、半ば廃棄を想定しつつMBKの某店に持ち込んだところJailbreakであっさり元通りに戻してくれた。さらに内部のカメラの状態が悪い、というとパーツ交換すると言って何の躊躇なくその場でドライバーで中を開け、部品交換。これで800THB。相場がわからないので高いのか安いのかわからないが、また一台買い替えるのに比べればいいか…。



尚、バンコクのスワンナプーム国際空港の出国カウンターを過ぎると空港内無料で使えるwifiが利用できる。複数あるインフォメーションカウンターに行きパスート提示するとパスワードが記載された紙をくれる。



そうした事をしつつ搭乗時間は迫り、私は機上の人となる。
バンコク発デリー行のインディゴ便は、あたかも場末の歓楽街で物色しているような雰囲気を醸し出すインド系壮年たちひしめく、極めて男臭く脂ギッシュなフライトだった。


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2012年07月15日

チョロンへの行き方

ホーチミンのデタム周辺から中華街チョロンにはガイドブックにある通り、バスが安くて便利。1番のバスはベンタイン市場とベンタン市場を周回していてデタム近くにもバス停がある。





乗車賃はたったの4,000VND(16円)。ワンマンバスで、都バスなどと同様、乗車口脇のケースにお金を入れる。つり銭なども出るのでくずしておく必要もない。この安さで車内はエアコンがきいている。1番のバスはヒュンダイ製で乗り心地も快適。



チョロン市場周辺。







ツーリストの多いデタム周辺には朝でも夜でもバインミーの屋台は出ている。
(他の地区だとタイのおかゆ屋のように朝しか見かけない)


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2012年07月14日

ホーチミンのインド料理店

ベトナムにもインド料理店は当然存在し、ガイドブックなどによれば増殖中らしい。
バスなどでホーチミン市内移動中、インド料理屋の看板を見かけるとどうしても気になる。たまたま『地球の歩き方』を頼りに宿泊したAnan Hotel近くにも2軒ものインド料理屋があり、短い滞在にもかかわらず両店でついインド料理を食してしまった。

一軒目『Punjab』


その名の通り北インドのメニューが中心。とはいえ結構メニューはバリエーション豊富。



サーグマトン90,000VND(約360円)、アルゴビ50,000VND(約200円)、バターナン20,000VND(約80円)。ボリューミーでコクもあり、またナンがモチモチとした食感でCP的にも非常に満足感を感じた。

二軒目『Namaste India』



店内装飾などからオーナーはムスリムであることが分かる。
ホテルも併設(ホテルにレストランが併設というべきだろうか)して規模も小さくない。
店名と共にNorth and South Indianとあるようにドーサイやサンバールなど南インド料理メニューも充実している。また特に昼時などは欧米人観光客などが比較的入っている。


食前にタイガービール22,000VND(約88円)



マトンマサラ90,000VND(約360円)、ベジ・コールマ50,000VND(約200円)、バターナン20,000VND(約80円)


この店もナンが美味しい。ベトナムはパンも美味しい。何かそれと相関関係があるのだろうか。このままいつまでも咀嚼していたくなる。

時間的に二軒しか訪れられなかったものの、どちらも非常にグレードが高く、非常に満足した。

それにしても夜になるとデタム通りで観光客が大挙して屋台で食べている様は壮観だ。


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2012年07月13日

タイ出国〜ベトナム入国

アジアハンターは現在、ベトナムに居ます。
このベトナムへはUA(ユナイテッド航空)で貯めたマイルで特典旅行としてスターアライアンス系列のタイ航空を利用したもので、「バンコクストップオーバーのベトナム片道」という無料チケットを利用しています。これで15,000マイル分。同じ15,000マイルでバンコク/シンガポルは従来からネットで選択出来ていましたが、それはUA便利用のみでした。が、ここ数か月でUAのサイトが非常に見やすく、特にマイル獲得〜利用のページが非常に使いやすく改善されていて、スターアライアンス系列の他社便の利用も簡単にネットで出来るようになっています。ちなみに15,000マイルで搭乗できる日本からの最遠はダッカで、いつか利用したいと思っています。

さて、このバンコク・ストップオーバーのチケットはTG643で成田→バンコクで一泊し、翌朝の便TG550でホーチミンに向かいます。この翌朝の時間帯、朝7:45発なのですが、空港までの渋滞などは無いものの空港内ではこの時間帯に出発する便が多い?のか、チケットカウンターも出国もものすごい行列。タイ出国はスムーズだと高をくくってのんびりと空港に着いた私はこの長い行列を見てやや慌てふためく事になった。



チケットカウンターはすでに7〜80人は居ようかという混雑ぶり。



さらにボーディング・パスを受け取ったといって安心していられない。
次の出国カウンター(出国スタンプを押してもらう所)もそれ以上の行列が出来ているからだ。

ちなみに以前デリーのAir Asiaカウンターで搭乗一時間前ギリギリアウトの時間帯に到着し、何とか頼み込んで(後にも先にも挨拶以外で他人に対して手を合わせたのはあの時だけ)外人だから?か入れてくれた。私とほぼ同刻に着いたインド人複数名は飛行機に乗れなかったし、Air AsiaのようなLCCは払い戻しも(当時は)出来なかったのでさぞ大変だっただろう。この時もチケットカウンターを通過したものの、出国カウンターが更に混んでいて生まれて初めてインド人の行列に割り込みした。



ちなみにバンコク・ストップオーバーの場合でUAのサイトから特典航空券を取得した場合、タイの出国税は含まれていないのでタイの空港で別途、700バーツを支払う必要があります。


支払場所は出国フロアの向かって左奥のエレベーターの後ろ側、Ticket Office というブース内右端のカウンターです。



出国税領収書↑。 チケットカウンターに提出しなければボーディングパスは発給されない。



長い行列を潜り抜けてTG搭乗。非常に快適な乗り心地である。



ベトナム入国。従来必要だっ入国カードが必要なくなったようで、パスポートを係官に見せるだけ。
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2012年07月11日

バンコクのインド料理店

アジアハンターは仕入のため、本日バンコクに着きました。
いつものようにバンコク一の高さを誇るバイヨーク周辺の滞在先に宿泊。十数年前からこの辺は衣料などを商うアフリカ系行商人が多かったが、ここ数年はインド人がやたら目につく。それも商売人だけとは限らず、小さい子を連れた家族連れから血走った眼をした一人男、果ては腹の出たおっさんばかり十数人というむさ苦しいグループまで種々雑多なインド人たちが独特の自由でラフな感じで人混みで狭苦しい市場を闊歩している。



そんな彼らを当て込んで瞬く間にインド料理店が増殖した。インド人はことのほか食に対して保守的な人たちなので、海外に行っても可能な限りインド食を欲しがる。従ってある種他の人種よりもインド系を相手にした飲食店の方が商売として成り立つのではないだろうか。



ここ数年の経済成長で中産階級が増え、かつインフレの激しいインドでレジャーに消費するより手近な東南アジアでバカンスを楽しむ層が確実に増えているのを実感する。諸物価の比較から言えばインドとタイは同等であり、かつコストパフォーマンス的には圧倒的にタイの方がグレードが上なので購買力のあるインド人などはどんどんタイに金を落としているのだろう。



などという事をインド人の群れを見ながら考えつつ、いろいろとすべきことが山積みな中、とりあえず空腹を満たすべく手近のインド料理屋へ駆け込む。






チキンマサラとタンドーリーロッティ。これに水で約500バーツ近く。
ロッティはインドの安食堂の味を彷彿とさせるような、いい意味で素朴な味。チキンもバター臭くなくサーブも早くていいのだが、値段が高い。昼なのに日本のインドレストランと同じかそれ以上する。テイスト的には100バーツの味だ。バンコクではなかなか「これは」というインド料理屋に出会えていない。しかもそんな店でもある程度埋まっている。美味しいインド料理店、開拓の必要性を痛感した夜だった。
posted by asiahunter at 14:28| Comment(0) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

ラオス・フェスティバル2012

先日の土日、ラオス・フェスティバルが五月晴れのもと平和裏に終了しました。
このイベントは二年に一度開催され、今回三回目だそうだが、雰囲気があり気候も良くのびのびとした、ふらりと訪れるには最適な野外イベントという印象。とはいえアジアハンターは出店のため、しかも基本一人でブース内にいたためほとんど会場内を見ることは出来ませんでしたが。




近所のタイ料理屋さんは昼の忙しい時も一人で切り盛りしていて、しかも作り置きせず一つ一つ調理している。客も美味しいので不平を言わず出来上がるのを待っている。そんな強気な姿勢を見て、のんびりとしたイベントならば一人でも大丈夫だろうと高をくくっていたものの、強風が吹くと軽いモノは吹っ飛んで行ってしまうし、ハンガーラックがひっくり返るし大変だった。そんな中、お手伝いいただいたりご協力いただいた皆さんには心より感謝いたします。またもちろんご購入いただきましたお客様ありがとうございました。





商品陳列など、いろいろ考えあぐねた割には全く統一感がなく華もない。バンコクその他海外に行くたびに露店の陳列方法を見て感心したり納得したりするが、いざ自分で陳列となるとなぜこうもセンスが無いのだろうか。今後更に深く露店での学習が必要だ。

尚、誠に申し訳ありませんが、2012年5月31日〜6月3日にかけていただくご注文商品の発送は、すべて6月4日以降となります。受信順に、なるべく迅速に発送してまいりますが、上記の件、ご了承お願いいたします。
posted by asiahunter at 20:07| Comment(0) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月24日

ラオスフェスティバル2012

5月26・27日のラオスフェスティバルの開催にあたって、出店者のミーティングがラオス大使館で行われた。





現在ラオスを訪問するのにヴィザは不要(15日以内)となっているので、このような機会でもなければなかなか訪問することも中に入ることもない。



大使館のホール内で出店に伴う注意事項などが説明され、くじ引きで場所決めがなされた。
ホールの正面にはラオス正月イベントを行った際に付けられたのであろうボードがそのまま飾られていた。インド〜東南アジアにかけて4月前後が本来の暦の上での新年となっている国々が多い。



説明会のあとはラオスの酒と食事が供され、懇親会となった。






ビアラオ


フランスパンも食べ放題状態





ラオスフェスティバルでは ↑のようなラオス食器なども販売します。
(主な販売予定商品)もしこのような商品を実際に手に取りたいというご希望あればメールにてお知らせください。
皆様ぜひ足を運んでみてください。

posted by asiahunter at 12:05| Comment(0) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月28日

ムスタファ探検 その2

シンガポールのスタファセンターには、インド産・パキスタン産・シンガポール産マレーシア産・インドネシア産など様々な国から輸入されたインド食品が陳列されている。今回は瓶詰めを中心にご紹介します。




Shan社製(パキスタン)  マンゴーのアチャール


インドの有名料理人Sanjeev Kapoor氏のKhazana社製(インド)
ミックスアチャール


Ashoka社製(インド) ミックスアチャール


MTR社製(インド) ミックスアチャール


Laziza社製(パキスタン) チキン・ティッカの素


Sun Island社製(スリランカ) Goraka Paste(タマリンド・ペースト/『Goraka』はタマリンドのスリランカ読み)


Ashoka社製(インド) ビリヤーニ・ペースト


PATAK'S社製(イギリス) マドラス・カレーの素
PATAK'S社はイギリスでも老舗のインド系食品メーカー。


Mother's社製(インド) ヴィンダールー・カレーペースト
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2011年01月24日

シンガポール/リトルインディアのレストラン

リトルインディアには老舗から新規開業店まで様々なインド料理店があり、様々なメニューを堪能できる。その中で個人的にフェイバリットなお店をご紹介します。

Meeras Curry Restaurant


位置的にはちょうどリトルインディア地区の真ん中Veerasamy Roadに位置する。(セラングーンstからは少し奥まっている)
かつてこのレストランの隣を定宿としてた事から食べ知るようになった。
ミールスなどこの場所にあまたある他店と見た目的には大差無いが味やCPなどで他店とは一線を画している。あまり観光客は居ず、基本的にはこの近辺に住むインド人労働者が中心客層となっている。早朝7時頃から営業しているが、それは労働者たちが現場にもって行くための大量のランチの包みを準備している(内容はプレーンのドーサイとサンバール)。そのためなかなかゆっくりと店内で落ち着いて朝食をとる事が憚られる。昼〜夜は↓のようなミールスが中心。



ミールスをそのまま食べている客も多いが、せっかくの本場なので私は必ず一品または二品つける。↑はチキン65(左)とマトン・チェティナドゥ(右)をつけた写真。共に5〜6ドルぐらい(350円)



またマトンの内臓系も味わえる。
名前は忘れたが、ムスリム人口の多いアーンドラ州ハイデラバードでもよく見かけた臓物カレー。


近年改装してキレイになった店内。


店内スタッフも皆おそろいのシャツで何気に統一されている。清潔感あふれる。
結構美味しいのでシンガポール歩きの参考にしてください。
posted by asiahunter at 19:51| Comment(0) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

ムスタファ探検 その1

ここ数年、インドでもBig BazzarFood Worldなどの巨大スーパーが増えてきてなかなか楽しいが、インド系スーパーマーケットで最も品揃えのいいのはインド本国ではなくシンガポールのムスタファ・センターではなかろうか。
品揃えに関してはインド全土から輸入している様々なアイテムに加えて、在シンガポール/在マレーシアなどの地場インド系企業の製品なども巨大な空間を所狭しと埋めており、尚且つ24時間営業である。

基本的にUAを使うのでシンガポールに着くのは大体夜中が多いが、久しぶりに降り立つアジアへの興奮で宿に着いてもすぐには眠れない。そんな時、エアコンもよく効いている24時間営業のムスタファでの散策が興奮で高ぶったアジアへの高揚感を徐々に溶解させてくれる。ちなみに夜中の2〜3時でもインド系・中華系問わず子連れなども少なくない。微笑ましい限りだ。

各売り場はそれぞれ特徴的な商品があふれかえっていて興味が尽きないが、イの一番に面白いのが生鮮食品売り場である。日本ではあまり一般的でなく、インドでもなかなか一同にゆっくりと見る機会が少ない北インド/南インドそれぞれの野菜などが並んでいる。


生ターメリック/大体1パック 0.65SD(42円)


Baby Bitter Gourd (直訳すると『小さく苦いひょうたん』?) 0.75SD(48円)


Fenugreek Leaves 生カスリ・メティ 1.55SD(100円)


(左)タイの青マンゴー 3.5SD(227円) /kg
(右)インドの青マンゴー 4.5SD(292円) /kg


ターメリックの葉(6枚) 0.45SD(30円)


インド・ほうれん草 2.25SD(146円) /200g


バナナの葉(2枚) 1.5SD(97円)
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2010年08月26日

インド・アジア仕入れ vol.2

今回マレーシアのKLで泊まることとなったKL.Sentral駅真向かいのDE SENTRAL HOTELは、KL.Sentral駅からJalan Tun Sambanthanという通りを隔てたBrickfieldsというエリアに位置する。
KL市内からこのエリアにタクシーなどで向かう際は『Brickfieldsへ』と言えば伝わる。今回このエリアに宿泊したのは翌朝かなり早い時間に空港に行くため(空港に行くためのバスがKL.Sentral駅から出ているから)の他に、以前ここを通った際、インド系商店が多く立ち寄りたいからでもあった。

このBrickfieldsから、Jalan Tun Sambanthanに沿って南下するとさらにインド系密度の濃い商業地区が出現する。Jalan Tun Sambanthanの両サイドにサリーやパンジャビなどの衣料屋、カレーなどの飲食店が並ぶ。中でもこの地区で最大規模なのはMangala Theebamという店舗で衣料・装身具・雑貨などが圧倒的な品揃えで並んでいる。


ガイドブックなどにはKL市内のインド人街としてJalan Masjid India周辺の事を記述しているものが多い。実際、この地区にはColiseumというタミル系の映画館があったり、Haniffaという巨大なインド系資本のスーパーがあったりして(シンガポールのMustafaに近い)インドの品物には接する事が出来るが、それ以上にマレー人を対象とした商店が目立つので、むしろより濃厚なインド人街をKLで求めるのならBrickfieldsがオススメである。





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2010年07月10日

インドネシア・フェスティバル2010

代々木公園でインドネシア・フェス開催の情報を得たので本日短時間ながら覗きに行った。先日数年ぶりに開催された「ラオス・フェス」には努力したものの時間の都合がどうしても付かず、悔しい思いをしたので本日は是非とも行きたかった。
今日は梅雨の合間の正にアジア系イベント日和というべき夏日で、来客でごった返しているかと覚悟を決めて来場したが、暑いせいだろうか、代々木公園に着いてみるとのんびりしたというか、ユルい感じでブラブラしている人が多い。


とりあえず昼時なので何か食べたい。
インドネシア料理自体はあまりなじみが無いものの、基本的にはマレーシア料理と同じ流れを汲むもので、ココナッツとスパイスをベースにした味が一般的である。


他のテナントは閑散としていても、飲食系はどこも行列が出来ている。
とは言え不思議なのはメニューも価格も同じなのに一方では数人の行列、もう一方には30メートルぐらいの行列が出来る、この差。行列自体がある種の指標となり、後ろにさらなる行列が出来るのだろうが、かといって行列の短い店舗が決してマズいという訳ではない。










上記のお店で揚げた骨付きチキンとご飯とスープのセットを注文。↓
大勢のお客にかなりテンパっている様子。

ご飯もしっかりしていて、鶏も食べ応えがある。
あとスープには冬瓜が入っていて薄口の大変美味しいスープだった。

それだけでは足りなかったので、

↑の店で『ナシ・ペンダンNasi Pendan』を注文。↓



分かりやすく言うと「牛肉を煮込んだカレー」
これが大変美味しくてもう一杯注文した。渋谷に実店舗があるようなので、機会があれば是非訪れてみたいと強く決意した。
(中にはイベントで食べた味と違う味を出す飲食出店業者さんも居るが、出来ればこの味をまた後日食べたい)




インドネシア・バリなどは雑貨・家具の宝庫として有名なのに雑貨出店はごくわずか。広く上手に告知をすれば雑貨の出店希望者は増え、主催者側も収益向上につながるのでは、と思うのだが…。


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2010年07月05日

第一回メコンフェスティバル

第一回メコンフェスティバルの案内をいただいたので、昨日の日曜、日比谷公園を訪問した。第一回目のエスニック系イベントの宿命か、それともたまたま訪れた時間帯がそうだったのか、五月の代々木公園で開催されるタイ・フェスとは比較にならないほどの閑散とした雰囲気。とは言え代々木公園で開催される全イベント中で動員数ナンバル1のタイフェスと比較すること自体意味を成さないし、逆にこうした閑散とした中にタイ人たちがジュースなど片手にダベったりする雰囲気が、ある意味昼間のタイの公園っぽいと言えばそれらしくも見え、見方によってはよりリアルにタイらしさを感じさせる貴重なイベントだったと言えなくも無い。少なくとも数メートル先にいくのに数分かかりそうな人間でごった返しの、バンコクのプラトゥーナーム市場の混雑を思い起こさせるようなタイ・フェスなどより居心地の良さを感じた。





メコン・フェスと銘打つぐらいだから、他にももう少しあったもいいと思うが、基本的に飲食店はタイ料理が大半。



とは言え、出店者の立場から言えば人が少ないのは売り上げに直結するのでそんな悠長な事は言っていられない。中には午後三時過ぎだというのに早々に店じまいして撤収している某インド系飲食店もあった。





↑の出店でグリーンカレー(ゲーンキュアーン)とタイ焼きそば(パッタイ)を購入。
大体こういうイベントでは一皿500円。グリーンカレーが非常に美味しかった。
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2010年05月17日

タイ・フェスティバル2010

楽しみにしていたタイ・フェスに先日の日曜行くことが出来た。
統計によれば、代々木公園で開催される外国系のフェスの中で動員数ナンバーワンがこのタイ・フェスだという。何年か前にも来たが、その際時間的に混み合っていたのか、まるでデリーのチャンドニーチョウクのような人間の渋滞にあい30メートル進むのに数分かかるような状態…という記憶があったので、なるべく午前中に着くよう心がける。



渋谷方面の公園入り口にはタイのタクシーやトゥクトゥクなどが展示販売されていて強烈なインパクト。車庫証明不要で公道走行可能。いきなり衝動買いしたくなる…







この土日は天候も正に絵に描いたような五月晴れ。
人手もすでに多く、かき分けながら内部へと進む。




アジア・スーパーストアの出店にて空芯菜とパクチーを購入。
タイでもベトナムでも毎日のように空芯菜の炒め物を食べる。
なぜこの美味しい野菜が日本のスーパーで日常的に売られていないのだろう。


ドリアン・マンゴー・ランブータンといった熱帯フルーツも盛んに売られていた。




大き目の政府系(?)ブースの前でルクトゥンを演奏していた。
哀愁を帯びたメロディーにタイ旅情をかきたてられる。



お目当てであった飲食ブースに到着。
すでに昼近く、人気の店には長い行列が出来ている。



不思議なのは、長い行列が出来る店とまったく出来ない店の差。
見た目・雰囲気・価格などまったく遜色ないのに一方では行列が出来、もう一方では閑古鳥が鳴いている。閑散としたお店を見るのは気の毒で仕方がない。一体、なぜこうも差がついてしまうのだろう。実店舗の評価をすべての来場客が知っているとも思えない。



そのような事を考えつつも、やはり行列の後ろに並んでしまう。
タイのグリーンカレーが目当てだが、バットのなかのサラダも一緒に盛ってもらった。
非常に美味しく、もう一度この長い行列に並ぼうか迷ったほどの味。

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2010年02月16日

ベトナムのインド系

この2月、マイルが貯まったので日本-タイ往復航空券を入手し、タイへの仕入も兼ねて生まれて初めてベトナムに行くこととにした。ベトナム雑貨が注目されて久しく、今更な感じも無くは無かったものの、バンコク〜ホーチミン間の航空券も現在ではネット上でE-チケットが安く購入出来(実際ベトナム航空のサイトで往復料金が日本円にして約10,000円ほど)たり、新たな商品への好奇心もあり、何より美味しいと評判のベトナム料理も味わってみたかった。

ベトナムは初訪問だったので右も左も分からない状況だったので、とりあえず『地球の歩き方』のお世話になる。ホーチミンの項を見ていてまず気になったのが、ホーチミン(旧サイゴン)市内に点在するヒンドゥー教寺院の存在だ。既にインターネット情報収集し、在ベトナム・インド料理店のリストはプリントして持参していたが、少なからずヒンドゥー教寺院が存在することが何よりも興味をそそられる。ベトナムに来ても、どうしてもインドが気になる…


ホーチミン市内中心部にあるSubramaniam Swami寺院。名前からしてタミル系。




小さからぬ規模のドゥルガー・プージャも市内で開催されているようである。


こちらもホーチミン市内中心部Sri Thenday Yutthapani寺院。
この名前も南インド系。シンガポールにも同名の寺院があり、奇祭タイプーサム祭が行われる。



参拝に来ていたのはインド人ではなくベトナム人。特にヒンドゥー教徒でもないという。本尊に中国風の長いお香を捧げていた。




寺院内部には複数の神格が祭られている。

昔シンガポールで購入した『Indian communities in Southeast Asia』という東南アジアに分布するヒンドゥー教徒を扱った本には在ベトナム・インド人に関する情報も数ページに渡って記載されていた。古代〜中世にかけてヒンドゥー文化の大影響は別として、近代以降、英領インド地代の19世紀後半から徐々にインド人移民が増え、1937年の調査では約1,000人のインド移民がベトナムに存在していたという。その際、現在のベトナムは仏領だったため、現在連邦直轄領であり、文化圏的には南インドのタミルナードゥに属するポンデチェリーに属していた仏国籍を所有するインド系貿易商らがサイゴンなどでのビジネスに成功、かなりの富裕層となり金銭的・文化的にもベトナムに影響を与えた。(こうした富裕層の集まるストリートが四つほど、当時のサイゴンにあったという)かれらは進んで寺院を建設・寄進し、それらが現在でも残っているようである。


ホーチミンで宿泊したホテルのすぐ近くにインド料理屋(店名:ボンベイ)があった。
店の経営者らしき老婆がチューリーなどを身に着け外見は明らかにインド系。
とはいえヒンディー語も英語もほとんど通じない。南インドの出身らしき事は乏しいコミュニケーション能力でも把握出来た。


店名はボンベイだが、現在の実質的経営者(老婆の娘婿)はバングラディシュ出身のムスリムである。とはいえ店の来客は大半が地元ベトナム人のようであった。




マトンカレーとパロータを注文。
パロータは一般的にケーララなどの南インドで多く食されている主食だが、実はバングラディシュでも(レストランなどでは)一般的に食されている。これは昔インドをアラビア海〜ベンガル湾沿いに半年かけて陸路で旅した時に気がついた。ケーララやタミルで主に食されるパロータが間に入るアーンドラ・オリッサ・西ベンガル3州では食されず、飛んでバングラディシュで食されているというのは大変不思議である。カレーはカラシ油を多用しサラサラしたスープ状の、典型的なムスリム・ベンガルスタイル。

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2009年06月23日

プラナカンの世界-プーケット

次の目的地プーケットでも大変印象的なプラナカン的デザインを街中の至る所で見ることが出来た。プーケットはタイを代表する観光地だが、観光客の大半は海が目当てで、プーケット・タウンと呼ばれる街中に関心のある人は少ないようで、街中を散策中ほとんど外人の姿は見なかった。
元来プーケットは英領時代に錫鉱山開発で栄えた街でもあり、毎日どこかで開発工事が行われているような変化の激しいシンガポールのような所から来るとプーケット・タウンは静かで落ち着いており、ノスタルジーを感じさせる場所である。


街中で見かけた、丁寧に手入れされたオート三輪。

ガイドブックなどには、タラン・ロード(Thalang Rd)やラサダ・ロード(Rasada Rd)は一応、プーケット・タウンのメインストリートとして紹介されているが、強烈な昼の日差しを避けて朝、散策すると美しいタイルで外壁を装飾した味のある民家・商店を堪能することが出来る。





 


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2009年06月16日

プラナカンの世界-シンガポールvol.2

今回の目的地はシンガポール・マレーシア・タイという東南アジア観光の王道コースで、1991年の初東南アジア旅行で幻惑されて以降、数え切れないほど訪れている。が、今回旅行前にプラナカン文化に関する本『マレー半島 美しきプラナカンの世界』などの影響で、それまで全く関心の無かった対象が非常に面白く思えるようになった。例えばプラナカン的な建築様式は街中の至るところで目にすることが出来、庶民の商家のように見えながらも、実際よく見てみると細かく丁寧なレリーフが施されていたり、濃厚なデザインのタイルがあしらわれていたりとしばらく足を止めて観察したくなる。しかも家々は一つとして同じものが無く、個性的で味のある商家(ショップハウス)が数限りなく存在するので、今まで素通りしてきた道もそういう眼で接すると大変に味わい深いものへと変貌する。

さて、こうしてプラナカン文化に興味を持った私はシンガポールにあるプラナカン博物館へと足を進めた。こうした食器など重要な展示物を多く展示している文化的施設が入場無料というのはすばらしい事である。



さて、ここで驚いたのはそれまでの情報で私はプラナカンとはてっきり東南アジア化した富裕な中国系と認識していたが、インド系プラナカン(Indian Peranakan)という人々も存在するということである。彼らは現地一般的にはChitty Melakaとも称され、その出自は南インド・タミルナードゥの商人であると記録されている。多くは15世紀頃にインドからマラッカに渡って来た人々で、今でもマラッカはじめマレーシア全土には私設の両替商・金融業者が大小様々な店舗を並べていて、彼らの多くはこうした業種に進出している。Chitty Melakaの徹底した吝嗇ぶりは金子光晴の旅行記『マレー蘭属紀行』にも記述がある(文中では「チッテ」と書かれている)。

15世紀頃のマラッカは文化的・経済的水準が高く、現地化した多くが中国系だったが、中にはこうしてインドから来てプラナカン化する人も少なくなく、またインド以外にもスリランカ、タイ、ジャワなどからもプラナカン化する人が居たという。こうした人々はマイノリティーであるためか特定の博物館などは存在しないが、東南アジアの重層的な交流を改めて感じさせる。
↓はインド系プラナカンについて記されたサイト。
http://www.asiafinest.com/forum/lofiversion/index.php/t56351.html

 
 
プラナカン博物館内部に陳列されている生活民具など
 
 

帰りしな、ふとロビーを見ると中国音楽の演奏会が行われていた。
非常に難度の高そうな曲目が多かったが、聴衆たちは演奏者の間をくぐり抜けたり私語を慎まなかったりしてここがアジアである事を再確認した。演奏者もこうした聴衆たちに臆することなく堂々と自身の演奏に没入する所などすばらしい雰囲気である。


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2009年06月11日

プラナカンの世界-シンガポールvol.1

今回東南アジアに行くにあたり、ガイドブック以外にも複数冊、東南アジア本を読んだ中で最も印象深かったのが『マレー半島 美しきプラナカンの世界』だった。この本は主にシンガ・マレーなどに居住するプラナカンと呼ばれる人々の歴史・建築・食・雑貨などを豊富で可愛いい写真で紹介したもの。個人的には今まで何度もシンガ・マレーなどを訪れているのに、インド系住民の方にばかり関心があったので、プラナカンと称される人々の存在を全く知らなかった。目的が違うと旅の渦中に居ても何も気が付かないものなのだろうか。今回このような経緯で、シンガ・マレーなどにはインド系以外にもこのような豊かで奥深い文化が存在する事を知った事は収穫だった。


同書によると「プラナカン」とは戦後に出来た言葉である。戦前までは彼らは「ストレート」と呼称していた。同書中のプラナカンの定義では「15世紀頃より中国(主に南部の福建省)からビジネスチャンスを求めてマレー半島にやってきた人たちの子孫を指す。彼らの多くはマレー人やバダック人など現地女性と所帯を持ち、独自の文化を持った」という。のちに英植民地時代、彼らは錫鉱山開発や貿易などで巨万の富を得、子息を英国留学させエリート化させた。
一方、こうした経済発展に刺激されて19世紀頃に中国移民が大量に渡来した。こうした19世紀頃に新規に渡来してきた中国系と自らを区別するべく(新規渡来の中国移民を暗に「非ストレート」であると捉え)対して自らを「ストレート」であるとした。
言われてみればシンガポールに居ると「ストレート」という言葉を聞く機会が多い。例えば同国一の発行部数を誇る日刊紙「ストレート・タイムス」など。
また、こうしたストレート=プラナカンたちの中からリー・クアン・ユーといったシンガホール国家建設のリーダーたちが排出され、更には多くの官僚/エリート学校であるシンガポール大学の幹部などの主流を占め、更なるエリートを生産し続けている。このようにプラナカンの人々は文化的側面以外にも現代シンガポールという国の中で全ての分野に於いて非常に重要なポジションを占めている。
尚、こうしたストレート系シンガポールの成立ち・現代史は『シンガポールの奇跡』田中恭子著の中で興味深く描かれている。

さて、『マレー半島 美しきプラナカンの世界』にも記載されている通り、リトルインディア付近も開発著しいシンガポールの中にあっては比較的古い、あるいは停滞した街並みが残されており、ゆっくりと歩けば街のそこここにプラナカン的建築や装飾を発見することが出来る。特にショップハウスなどに原色の花をあしらったタイルによる外壁装飾、窓周りなどのデコレーションなどに独特の味が感じられる。


 



  
  
 
こうしたショップハウスの中には浮き彫りで建築年を記載したものがあり、多くは今世紀初頭などのものである。そうした古い建物が何度もペンキで塗装され直しながら残っている。残存している古い建物のどれもが熱帯という過酷な環境にもかかわらず良好な状態であり、メインテナンス技術の高さを伺わせる。


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2009年05月24日

シンガポールのインド・レストラン その2

今回のシンガ滞在中、最も頻繁に通ったのがANANDA BHAVAN VEGETARIAN RESTAURANTである。
ADD) 95 Syed Alwi Road
TEL) 62979522



立地はムスタファの対面にあり、リトルインディアの中でも最も人通りの多い道に面している。店内面積も広くゆったりとしている。また24時間営業でありながらメニューのバリエーションも豊富かつ安く味も美味しいので必然的にここに来る回数が増えていった。
ここのシステムは学食風というかウエイターなどを置かず、入り口脇のカウンターで食べたいものを注文し食券をもらう方式。ウエイターが装飾された革表紙のメニューを持ってきて…という重厚なスタイルもいいが、こうしたファーストフード的なスタイルも手軽でいい。重要なのは多様なバリエーションが選択可能だと言う事だ。


店内及び厨房の様子











店内で食した主な軽食↓

↑サンバル・ワダとチャイ (Wada4.5ドル Masala Tea 1.8ドル)


上)チョーレー・バトゥーレ (Batura 4.5ドル)
下)マサラ・ドーサ(シンガポールでは「トーセィ」と発音)(Masala Thosai 3ドル)


↑ドーサとコーヒー


↑テイクアウトも可能。空港のレストランは高いからと深夜ここでテイクアウトし、早朝発のユナイテッド機に備えた。但し小皿などの準備がないとサンバルなどの汁物がこぼれるので若干食べにくい。
ちなみにユナイテッド航空など米系航空会社というのは早朝とか深夜とか不便すぎる。
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2009年05月23日

シンガポールのインド・レストラン その1

シンガポール観光の最大の楽しみの一つは豊かなグルメ探訪である。例えば東京も世界各地の料理が堪能出来るとよく言われるが、他民族国家であるシンガポールに比べればその歴史・規模・質・利便性・バリエーション・コストパフォーマンスなど、どの点をとってもシンガポールの方が一枚上手である。そのグルメ探訪を少ない日数で最大限に堪能するためには情報収集は必須。インターネットの現地発信サイトはもちろん、国内で発行されているガイドブックの類はほぼ全て眼を通した。↓



更にこれはシンガポールに入国してからだが、『Makan Sutra』という飲食店ガイドブックが有益で、シンガ国内の大きな書店に行けばレジ脇などに置いてある。シンガ国内で食す事の出来る屋台料理・ホーカーでの料理などをミシュラン風にどんぶりと箸の絵で五段階にランク付けしている。↓


但しこの書籍は中華/マレー料理の案内がメインで、必ずしもインド料理に多くのページは割いていないのが残念な所である。インド系の料理としてはチャパティ/チキンカレー/フィッシュヘッド・カレー/ロッティ・パラタなどの名店が紹介されている。

さてシンガに着いた翌日、上記資料を元にさんざんに考え抜いた結果『地球の歩き方』他に紹介されていたSpice Junctionというケーララ・ゴアの料理を出すという店に決めた。場所も宿泊しているリトルインディアと同じエリアで歩いてものの5分である。
さて店の前まで行って気がついたが、このSpice Junctionという店は人気の点でリトルインディア随一のMuthu's Curryの真横にあった。時間は昼時で、明らかにMuthu's Curryの方が客入りが多くSpice Junctionには家族連れらしいインド系が一組のみである。このあからさまな客入り数の差にしばらく入店を迷い逡巡したが、元々ここに入ろうと思ったのはイディヤッパムを含めケーララ料理が食べられる事であり、Muthu's Curryにはディナータイムに来る事とし、Spice Junctionに入る。


↑ランチセットのミールス


↑イディャッパムとビーフ・カレー

ケーララ料理は確かに美味く、また上品な調度品や洗練された内装など雰囲気的にも満足した。メニューのバリエーションも豊富で聞いたことの無い料理名もズラリと並んでいる。ゴアやケーララのカレーという事でポークやビーフやインド製ワインの数々がメニューに加わっているのも個人的には嬉しい。だが客入りの少ないのは残念な事である。個人的には約17年ぶりぐらいにイディャッパムを食べた。実は17年ほど前、インドを貧乏旅行していた頃にケーララ州コバーラムで食したイディャッパムとビーフ・カレーの組合せが素朴でありながら非常に美味く感激したのだが、貧乏旅行の頃から舌が肥えたのか体質が変わったのか、不思議な事にあまり美味しく感じられなかった。ちなみに後日Spice Junctionを再訪した所、店は既に閉じられていた。

さて、その日の夜、あまりにも昼間にぎわっていたMuthu's Curryが気になったので今度はそちらに行ってみた。



昼の客入りも多かったが、夜は夜で大変混雑している。(↓店内動画)


観光客などはもちろんだが、在シンガの外国人などが接待などにも使っているようだし、また会社帰りらしいグループも多い。インド系だけでなく中華系の客も多い。


店内には洗練された物腰のウエイターが恭しく給仕する。
もちろんここで出されたメニューから決めてもいいし、ショーウインドーの中で温められているトレイに入った数種類のカレーから『これ』と指差しで決めてもいい。このスタイルはインド本国には無いが東南アジアのやや規模の大きいインド系レストランで見かけるもので、日本にもこうした指差しスタイルのインドレストランがあってもいいのでは、といつも思っている。


客席の方にせせりだすかのように巨大なタンドールが2基、それもガラス張りの中ではなくつい立なども無い。周囲が熱くなるだろうから余程空調などもきかせているのだろうか。外側に縄のようなデザインが施されたオシャレなタンドールでナーンを焼いている。ナーン作りをパフォーマンスととらえ「魅せる」事に工夫を凝らしているところが素晴らしい。


ミネラル・ウオーターのラベルもレストランのオリジナル。
細部にまで行き届いたこだわりが安心と信頼を生む。


名物のフィッシュヘッド・カレー。
サイズも一番小さいもの(Sサイズ)でも器は日本のラーメンのどんぶりより大きく、中に入っている魚もボリュームある。一人で食べるには難しい量だ。スパイシーで酸味の効いた味はコクもありタイのトムヤムクンにも似た味。


そのほか、クリーミーなバターチキン、野菜の炒め物なども堪能。
確かにこれだけ多くの集客があると納得させられた。

Fish Head Curry(S size)-20ドル Steam Rice-4ドル Butter Chicken-10ドル S/Fry Cabbage-5ドル Mineral Water-3ドル TAX+Svc-7.43ドル ---計49.45ドル(3,159円)

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2009年04月07日

シンガポール・リトルインディア vol.2

現在、シンガポールのリトルインディアはセラングーン・ロードの南部を中心に展開している。セラングーン・ロードはシンガポールを縦横に走る現在のシンガポールでも代表的な道路だが、その造成は早く既に1822年に発行された地図にその初出が見られ、1828年には『島をクロスする通り(road leading across the island)』と地図には記載されている。1836年頃には現在とほぼ同じ長さ・位置に造成された。
(参考:Sharon Siddique, Nirmala Puru Shotam著 『Singapore Little India-past, present and future』)


最初期のインド系移民が、現在のリトルインディアのあるセラングーン・ロード上に集まりだしたのは19世紀初頭で、南インド系移民のうち畜産業者がここに集まり乳製品や畜産物などを取引する小規模のバザールが展開された。こうしたバザールは現在のインド農村部などで今でも見られるものである。
現在ではその面影は全く無いが、セラングーン・ロードのムスタファの建つシェィド・アルヴィ・ロードのすぐ北には澄んだ水を湛える池があり、水牛などの水浴び場として活用されていた。その名残としてリトルインディアには「バッファロー・ロード」という路地も存在する。
このようにリトルインディアは家畜業者の集住地域となった。動物は畜産用に限らず、車の無かった当時の馬車や牛車用といった運搬具としても多く活用された。

↑インドでは現在も馬車が重要な公共交通。

セラングーン・ロードからほど近いブラス・ベーサン・ロード(現在のドービー・ゴート付近)には当時インド人受刑者が収監されている刑務所があり、刑務所に付随するクリーニングや食事などの業務に従事する南インド系業者が居住するようになった。こうしてセラングーン・ロードは畜産業を中心に徐々にインド系住民を増やしていく。人口の集中に伴い、1936年にセラングーン・ロード地区に家畜の入出が当局によって禁じられて以降は本格的に南インド系の商業地・居住地として発展し今日に至る。尚、当時北インド系移民はシンガポール川以北にあるハイストリート周辺に集住していた。


ちなみにシンガポールに於ける在インド人人口の推移という興味深い統計がある。
1821年・・・132人
1881年・・・12,138人
1891年・・・16,035人
1901年・・・17,845人
1911年・・・28,454人
1921年・・・32,678人
1931年・・・50,860人
1947年・・・68,978人
1957年・・・124,084人
1966年・・・135,800人
1970年・・・145,100人
1980年・・・154,600人
1990年・・・190,900人
1819年1月28日、シンガポール建国の父と称されるラッフルズが上陸した際に付随したセポイ(インド兵士)が120人、これに使用人や調理人などに加え、その後ペナンから移住して来た者も加えて1821年の人口調査では在シンガポール・インド人は132人だったという。



1930年代のシンガポールを放浪した金子光晴の『マレー蘭印紀行』の中で、そこに登場するインド人は以下のように記述されている。

『額に牛糞の灰をぬりつけ、蓬髪、痩躯の印度キリン族。凶猛で、こころのねじけたベンガリー人』『百姓たちのゴム園は、抵当流れの形で、印度人の金貸業チッテの手に収まってゆく。強欲非道でならした猶太人も、奸けつなベンガル商人も、アラビア人も土民に烏金を貸して肥え太ってゆくチッテのやりくちには三舎を避けるという』

この中に登場する印度キリン族とは単に南インド系移民の総称であり(Klimgs)、ベンガリーとは北インド出身者の総称(Benggalis)である。この他、南インド・タミル出身のムスリムをナーナク(Nanaks)と呼んだり南インド・マラーヤラム出身のムスリムをモパラ(Moplahs)、南インド出身の商人をチュリア(Chulias)と、シンガポールの中では呼称されていた。
またインド系の金貸業者も19世紀には既に存在し、こうしたインド系の小規模金融業者はシンガポールでは既に見られないが、ペナンなどのインド人街などでは多く眼にすることが出来る。




インド人とスイーツは切り離して語れない。

posted by asiahunter at 17:25| Comment(0) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

シンガポール・リトルインディア vol.1

ムスタファ・センター店内探索後、ほとんど夜が白みかけた頃、直ぐ近くのホテルに戻った。そこはGrandmax Hotel(太元酒店私人有限公司)という中華資本のホテルで、深夜遅くの到着だったせいか通常料金から値引きしてくれてAC付ダブルルームが60SD(3,768円)だった。通された部屋には窓が無く、壁は薄い青色にペイントされていたのでインドの安宿的雰囲気が大いに感じられ旅情が強く掻き立てられる。

翌朝、窓もないのに朝8時前には眼が覚めた。
宿の近くの売店で分厚いタブロイド新聞の『The Strait Times』を買い、こちらも宿の直ぐ近くにある24時間営業のレストランCMKレストランというムスリム系のレストランでロッティ・パラータとミルクティーの朝食。



ロッティ・パロータとは↑の軽食を指す。右の皿にあるグレービー(ソース)はロッティ・パロータを注文すると必ず付いてくる。グレービーの味は店によって異なるが、ここの店では海老からダシを取ったものに酸味を効かせたものだった。システムとしては日本で例えると「素うどん」のようなもので、ロッティ・パロータの他にトッピングで野菜やタマゴとかチキン・フライなどを注文する場合もある。尚、インド本国ではこれは単に「パロータ」と呼ばれている。「ロッティ」とはタワやタンドールで焼いた無発酵のパンであり「パロータ」とはまた別の料理を指すが、シンガポールに於いてどのような経緯でこのような呼称になったのか興味深い。

「旅の指さし会話帳マレーシア」によれば、シンガポール及びマレーシアでは茶はマレー語でTehと呼ばれ、ミルクティー(チャイ)はTeh Tarikと呼ばれる。『Tarik』とはミルクの意味ではなく「引張る」という意味。これはミルクティーを攪拌させる際に二つのコップを持って左右に注ぎ変えながら、コップ同士引き離す様が「引張る」ように見えたからであろうか。この攪拌方法は南インドでは一般的に見られるもので、ミルクティーの習慣と共に南インド人によってもたらされたものだろう。ちなみにシンガポールの屋台でミルクティーやコーヒーはガラスのジョッキに入れられる。

食後、リトルインディアをプラプラしていると昔定宿としていたLittle India Guest Houseが別の名前になって改装されていた。

Santa Grand Hotel という名称になっていた。
↓は在りし日(2000年頃)のLittle India Guest Houseとその内部。(ACなしシングル/30SD)



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2009年03月13日

成田〜シンガポール

ここ数年インドに仕入に行く際、北インドと南インドの双方にアクセス出来、かつタイのバンコクにもストップオーバー可能という、就航ルート的に使いやすく、乗り心地も非常に快適なタイ航空を利用している。そのタイ航空のマイルを貯めやすいユナイテッド航空(UA)で貯めているが、今回日本〜東南アジア圏往復分のマイルに到達したのでシンガポール往復の特典チケットを利用する事とした。(尚、08年時点で20,000マイルだが、09年以降は25,000マイルが必要になった)

UAのweb上で旅行日程を決め、座席も指定したのち、機内食まで指定出来る事を発見。しかもHindu Meal とある。米系航空会社、しかもインドへの路線ではないのになぜヒンドゥー教徒用の機内食が準備されているのか、ヒンドゥー教徒用があるのになぜイスラム教徒用のHalal Mealがないのかなど不思議に感じつつも、好奇心からこのHindu Meal をクリック。


↑が実際のHindu Meal。
インディカ米のライスの左に薄味のダール、右にパニール、サラダとアチャールとヨーグルトが付くという簡素な菜食スタイル。かつてよく乗ったエア・インディアの菜食機内食と比較してもUAの方が低コストでボリュームも少ない印象。


↑がHindu Mealではない一般の機内食。手前がパスタで右上がビーフ(ビビンバのような)。Hindu Mealは薄味だったがこちらは更に味が感じられず。ただこれだけ食せば満腹にはなる。


(エコノミー以外の座席でもそうなのかは不明だが)アルコール類はビールも含め有料。今まで豊富な酒類が飲み放題だったタイ航空やシンガポール航空などを利用してきた感覚からすれば、機内でアルコール類を飲めない事に違和感すら感じる。とはいえバドワイザーに6USDも出したくないので、コーラ、トマトジュース、牛乳などをガブガブ飲んだ。

夕方17時55分発のUA803は現地時間翌0時25分という深夜に到着する。シンガポールの快適な地下鉄が目的地リトルインディアと空港とを結んでいるが、この時間だと既に終電が出ていてタクシーに乗らざるを得ない。シンガポールのタクシーは走る時間帯・場所などによって料金が細分化されているが、深夜割増(50%増!)、しかも到着が土曜日となったので土日祝日料金が加算される。※シンガポールのタクシー料金詳細はこちら いくら格安チケットやマイルの特典チケットを使ってもこうした出費が非常に馬鹿馬鹿しく感じられる。

シンガポールでの第一目的地はリトルインディア。ムスタファというインド系資本の24時間営業の巨大ディスカウント・スーパーがリトルインディアの目印なので、ここをタクシーに告げる。

最近では様々な旅行ガイドブックにも掲載されているムスタファ・センター。(後日撮影)
ムスタファ・センターに着いたのが深夜2時頃。金曜深夜(土曜早朝)のせいかこんな深夜なのに店舗周辺には大勢の買い物客などが歩いていて、その大半はインド系である。

とは言えシンガポールの治安のよさは過去数回の滞在で熟知しているので全く不安はない。よく見ると深夜だというのに家族連れなども多い。このような無秩序性がアジアを感じさせるひと時である。ムスタファ近くの安宿に荷物を置き、我々もすぐにムスタファ・センターの中を散策。深夜で疲れてはいるがシンガポールに着いた興奮が歩かせる。


インド系の食材で溢れかえる食材コーナー。
インド国内のどのスーパーよりも品揃えは充実している。なぜならインド国内にも最近は大型スーパーが登場しているが、インド国内はどうしても地域差があり、例えば北インドのスーパーでは北インド料理用の食材がメインになるし、南インドの場合は南インド食材といった具合にかたよりが生じるからだ。
一方、こうしたインド国外のスーパーとなると幅広い在外インド系に対応する必要性から南北全インドの商品を扱う必要が出てくる。日本などまだ在住インド人市場が小さいが、シンガポールのように巨大なインド人市場が存在する場合、幅広く全インドからの商品が陳列され、それが却って本国の店舗よりも商品を充実させる結果となる。そしてその凝縮性がリトルインディア(インド人街)の面白さである。


食材だけでなく、衣料・アクセサリー・書籍・電化製品etc何でも売っている。
衣料も北インド風のパンジャビーから南インドのサリーなど幅広い。


食器も充実している。こうして商品を見て回っていると時間のたつのをつい忘れ、気がつくと午前4時を回っていた。…ここでこの日の観光は終了。
サモサやタンドリー・チキン、そしてシンガポール産タイガービールで乾杯。ちなみにビールの中には氷を入れてくれるというサービス付き。これも東南アジア・スタイル。シンガポールの夜は蒸し暑さが抜けず、冷えたビールがことのほか美味しく感じられた。


今でこそ『安物みやげを買うならココ!』などと複数のガイドブックにも取り上げられているムスタファ・センターだが、元々はインド・ジョードプル出身のムスリムが始めたチャイ屋がそのスタートであるそうだ。1970年代になって現・代表である二代目のMustaq Ahmad氏が現在のリトルインディアがあるセラングーンst周辺に400sq.ft(約11坪)の店舗を借り、衣料などの雑貨を商うようになる。その後電化製品などへと取り扱い商品の拡大。現在の巨大なスーパーは元々住宅が建てられていた場所に1995年に建設された。
ムスタファ・センターの歩みが記載された同社HP

日本出国〜シンガポール・リトルインディアまでの動画 ↓

posted by asiahunter at 20:43| Comment(4) | ■東南アジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする