2017年06月09日

【富山への道 vol.6 富山モスクでのイフタール】






富山と言えばあまりにも有名な射水スタン。国道8号線にはパキスタン人が経営する中古車屋が点在し、複数のパキスタン料理を提供するレストランも存在する事はよく知られている。





これだけパキスタン系カルチャーで有名な富山なのだから、モスクに行ったらさぞやと思っていたら事実その通りだった。モスク見学の下交渉もしてもらった石井さんの車に乗せてもらってマサラワーラーと共にマグリブの時間少し前に富山モスクに到着(ちなみに富山モスクは女性でも入れる)。ギリギリ間に合って安心した。急きょお誘いした富山のカレー愛好者あんとんさんともモスクで合流。





土曜日ということもあってかなりの数のムスリムが集まっている。パキスタン人が圧倒的だがバングラデシュやインド、インドネシア人なども居る。そのかなりの人数に圧倒される。





礼拝所にブルーシートとビニールシートが敷かれてイフタール開始。イフタールの内容は他のマスジドと同じデーツ、パコラ、ローズミルク、ミックスフルーツ、チャトニだった。一度これらをいただいてお腹を少し満たしたあとナマーズをする。その後再度、今度は別室に移動しそこでさらに本格的な料理(この日は大鍋に作られたチキンカレーと前日寄進者によって大量に振る舞われたホットスプーン製造のナーン)が提供されるという運びである。





調理は大きな調理室で行われているのがさすが富山モスク。前日の固くなったナーンは一度バケツの水に漬け、それを巨大なタワで焼き、上から油を垂らして復活させている。これらがダイナミックに運ばれ集団会食。チキンカレーも美味しく、ナーンは若干の水っぽさはあるが出来立てとは別種の美味しさが感じられる。






手前に座っていたパキスタン人父と日本人母を親に持つ子供(小4)とちょっと会話。好きな食べ物は?と聞くとパヤとビリヤニという。学校の給食は食べられない日があり、その際はお母さんが弁当を持たせてくれる。ウルドゥー語も分かるがウルドゥー語で会話しようというと途端に言葉数少なくなる。









ちなみに富山モスクは2010年に宗教法人格を取得していて掲示板には取得時の書類も提示してあった。喜捨や固定資産税が非課税とのことである。




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2017年06月06日

【富山への道 vol.2 Bilal Masjidのイフタール】




Mahandi Halal Foodのレラさんからもおススメされて、埴科郡坂城町南条にあるBilal Masjidへ。
ハラール食材店があるということはある程度のムスリムや外国人人口があることの証左だが、山あい深い長野県の埴科郡といったところにこれほどの豊かな外国人文化が根付いているのが意外だった。


駐車場に車を止め、立派な外観のマスジドに入ると例によって不審人物を見る眼が注がれるが、ヒンディー語を話して何とか誤解を解く。さもないと公安とでも思われたらいろんな意味で心外過ぎる。





パシュトゥーン、パンジャブ、カラチなど出身地は様々だが圧倒的にパキスタン人が多い。約30人程は居ただろうか。他に数人インドネシア人らしき人も居た。日本語堪能な人が多く、20年以上在住している人も居る。皆さん優しく対応してくれ、調理室でパコーラを揚げている様子など見せてくれる。





やがてマグリブの時間が迫り、厳粛な雰囲気の中、イフタールが始まる。デーツの他、パコーラとヨーグルトソース、フルーツチャート、バダムミルク、スイカなどといった内容だった。ちなみに平日は比較的時間に自由の利くパキスタン人が多く、土日はインドネシア人参拝者が多いという。



ちなみに駐車場には沢山の車が入り、車線を無視して詰めこめるだけ詰めこむパキスタンスタイルな停め方なので奥に停めた車を出すのがやや大変だった。


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【富山への道 vol.1 Mahandi Halal Food】


富山在住のイシイさんが企画してくれたマサラワーラーの食べさせられ放題イベントにアジアハンターも食器の出店をさせていただく事になった。せっかく新緑のまばゆい富山まで陸路で行こうというのだから単に単純往復するだげではもったいない。イベントは週末だが少し早めに東京を出て、いつも通りゆったり下道を走りながら寄り道をしていくことにした。

とりあえず最初の目的地・長野県上田市に到着。ここにはBilal Masjidというモスクがある。
先日の西葛西ムサッラーに居たイマームはかつてこの長野のモスクに在籍していたというのでラマダンのこの時期に訪問してみようと思った次第である。ただしマグリブの礼拝時間まで少しあったので、ホテルに荷物を置いた後、上田市のハラール食材店Mahandi Halal Food訪問してみた。





いつものようにこうした店では男性店員が店番している事が多いが「いらっしゃいませ〜」と出てきたのは滞日8年、インドネシア・スマトラ出身のレラさんという日本語堪能な女性だった。



聞くと旦那さんはバングラデシュの方で、共に上田市の専門学校時代に知り合い結婚したという。バングラデシュ人とインドネシア人が日本で出会って結婚し、奥には小学生ぐらいの子供もいた。







旦那さんはインドネシア料理を食べないのでバングラデシュ料理を作っているという。何となくその辺がバングラデシュ男性らしいが、何でもインドネシア料理が辛くて口に合わないらしい。ベンガル料理で辛さ耐性がありそうなのに面白い。ちなみに夫婦間の会話は日本語で行っているという。このインドネシア人の奥さんが作る家庭のベンガル味、是非とも食べてみたかったし、このようなマニアックなコンセプトで都内で店を開けばそれなりの需要があるのではと感じられた。
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2017年06月04日

西葛西ムサッラー訪問


西葛西のケータリング専門ハイデラバーディ料理店The Taste of Hyderabad。オクヤマさんに代わりに受け取ってもらったハイデラバーディ・ハリーム(ハイデラバードのラマダン名物)と滋味深いハイデラバーディ・ビリヤニ、そしてデザートにシェルクルマ/sheer khurma(イラン・パキスタン・インドのムスリムの間でイードなどの際に食べられるバミセリとミルク、デーツの入ったお菓子)。日本でもリアルな家庭のハイデラバーディ・テイストを体感出来る場はそう多くはない。早速西葛西の最寄りの公園で実食。



ちなみにこの日はたまたま別の公園でのBBQのために持参していたインド食器を大量に持っていたためそれに盛り付け。そのまんまのプラ容器よりはるかに絵になるのは間違いない。



絶品のハリーム(具はチキン)などThe taste of Hyderabadのハイデラバーディ料理に舌鼓を打った後は、話で聞いていた西葛西のとあるマンションの一室にあるムサッラー(ムサッラー=マスジドよりも簡易的な、一時的礼拝所)へ。



扉を開けるとHifzurrehman氏というパキスタン出身のイマームが読経を行っている真っ最中だった。しばらく読経が終わるのを待つと礼拝参加者の方々から何者だ?みたいな不審な眼を一斉に向けられる。



すかさずヒンディー語で事情説明すると集まっていた方々は誤解が解けたようで、早速イフタールを勧められる。集まっていた方々は皆西葛西在住インド人IT技術者で、それぞれUP、オリッサ、MPのご出身。中に以前アジアハンターを通販でご利用いただいたインド人も居て驚く。北関東など半ばイフタール目当てにマスジドを訪問する事も多々あるが、そうした場に集まっているのは大半がパキスタン系の中古車関連業の方々で、こうしたインド出身のエンジニアのムスリムの方たちと交流する機会は少なく貴重である。







壁にはイフタール食事当番の名簿があるように、その日の担当が自宅で奥さんに料理してもらって持ち込むスタイル。今日はダブルチャビー・バスマティという、わざわざUP州から持参した米で作ったビリヤニ(有名なムラダバーディ・ビリヤニ風?)がラクナウのビリヤニにも似た味わいで満腹であるにもかかわらず美味しかった。





ちなみにイマームは昨年は長野県上田市サカキ町のマスジドで勤務していたそうで、来週の長野行きの際には是非立ち寄りたいと思った。今後西葛西周辺ムスリムが共同出資し西葛西にもマスジドを建設したいらしい。



いずれにしても当初まるで公安でも見るかのようなまなざしがヒンディー語で会話したとたんに相好が崩れささイフタールを…という展開になるのだから、やはり苦労してヒンディー語を身に付けて良かったと改めて思った。
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2017年05月30日

常総市 Markaz Muhammad Alay Muhammad モスクのイフタール


先日イランレストランJAVANに行った際にシーア派ムスリムの事を教えてもらい気になって調べたら常総市と三郷市に国内二つのシーア派マスジドがある事が分かった。その内の一つである常総市のMarkaz Muhammad Alay Muhammad モスク(マーフレストラン併設)を訪問。たなびくアラム(旗)alam ghazi abbasが荘厳な雰囲気を醸し出す。



時間的に日没ギリギリに到着したが、シーア派のイフタールはスンニー派より10分遅れて始まるという。ごく僅か軽くお祈りした後にイフタールを食べ、その後お祈りになる。シーア派だからと言って特に特別なイフタールという訳ではなく、デーツで始まった後カットした果物、パコーラ、チャナーのサラダ、ダヒ・キ・パコーレなどを食べる。





実はシーア派とスンニ派で何か異なったイフタールを食べるのかが気になっていたのだが、特にそのような事はなく他のマスジドなどで見られるようなごく一般的なパキスタン人のイフタールだった。むしろ宗派による差よりも国別の差の方が大きいようである。





イマームはデリーから招聘した方。パキスタンからの招聘はビザその他の問題で難しいらしい。読経のアラビックは分からないが、時々見学させてもらうスンニ派の参拝方法とは明らかに異なる手順。











このように読経の途中途中で皆立ち上がり、互いを祝福するようなハグなどをする。
これが読経中3回ほどあった。





その後は併設のマーフでマトン・マサラ。昨日のペシャワリ・マトンが美味かったのでマサラ少なめにと言ったのが裏目に出た。コックのアフメドさんはパキスタン最奥地スカルドゥ出身なので出来れば地元の味で作ってくれれば良かったのだが…

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2017年05月28日

野田Handiでのイフタール




記念すべき2017年のイフタール初日はFBFのOdaさんからお誘いいただき野田Handiで迎えた。
Handiのイフタールの凄さは既に何度も体感済みだが何度来ても凄い。





訪問時はちょうどマグリブの時間で店前にゴザが敷かれて熱心なパキスタン系の方々がメッカに向かってお祈りされていた。


食べ始めのデーツや複数の揚げ物(サモサやパコーラ。パキスタンなど南アジアのイフタールの定番)、ローズシロップ入りミルクなどからスタート。











次いでパキスタン中華のホットサワースープ(一緒に出されたソヤソース、グリーンチリ入りの酢、
トマトソースの三点セットが入った薬味入れがもの凄い現地感を醸し出す)
シークカバブ
マトン・ペシャワリー・カライ(スパイスを極力使わない塩ベースのペシャワールスタイルの煮込み)
パラク・ゴーシュト(マトンほうれん草)
カレラ・キーマ(ゴーヤと羊挽肉)
フィッシュビリヤニ(パンジャブ風の白身魚入り)
マトン・マサラ
アルゴビ
タンドーリーロティ
ナン
バスマティライス
キール
グラーブジャムーン
チャイ









社長は去年同様、坂東モスクなど周辺の複数のマスジドにイフタール用の無料料理を精力的に配達しているので会の終わりに少しだけ話しが出来た。山羊の金玉を使うタカタクとか内臓料理の話しを振ったらあんまりそういう料理は得意じゃないらしい。











調整いただいた幹事のodaさん、ご同席の皆さんありがとうございました。
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2017年05月26日

イランレストランJavan


ディナーは豊島区上池袋のイランレストランJavanへ。
イランの料理は北インド料理のある種の源流の一つでもあるのでそうした共通点を発見するのも楽しい。







ゲイメ・ネサー(ガズヴィンGhazvinという街の名物料理で婚礼などの祝膳。ポロより更にゴージャスで真ん中にやや甘く煮込まれたマトン=グズバーンが置かれ、ピスタチオとザクロがふりかけられている)
ミルザ・ガセミ(ナス、トマト、卵、肉の煮込み)
ドゥーグ(塩ヨーグルト飲料)
サラダとパン(サルビス)








ホール担当の娘のガザレさんは日本語堪能、調理担当はお母さん。








明日からラマダンだがお店は通常営業。イランのラマダンに於けるイフタールはデーツ、パン、チーズ、アッシュ・レシテ(スープ系の料理)などの他ハリームも食べられる。こうしたところにインドのハイデラバードとの共通性を感じる。以前千葉のイランレストラン・サダフの食料品売り場で購入したハリームの缶詰には別添でザラメ砂糖の袋が付いていて疑問に思っていたが、ガザレさんに聞くとイランのハリームは基本的に小麦と七面鳥を長時間煮込み、砂糖で味付けしてパンと共に朝食煮込み食べられる。ラマダン時期以外でも食べられる場合があるが調理時間がかかるので頻繁には作られない。


ちなみにメニューにあるモルグはチキンだが雌鶏で、雄鶏はクルスという。肉質の柔らかい雌鶏は雄鶏に比べ価格が高い。ちなみにヒンディー語ではムルギー、ベンガル語ではモロクという。またイランではごはんの中に埋もれるようにして鶏肉が入ってサーブされることが多いが、これは鶏肉が冷めないようにするためらしい。インドのビリヤニも肉を米で埋もれるようにして盛り付けられる。語感やサーブの仕方が似てたり共通するのが興味深い。山羊(グズバーン)も同様に肉質の柔らかいメスの方がオスより高い。またイランでも去勢山羊も食べられるという(オス山羊はにおいがキツくて好まれない)。


ちなみにイランはファルーダ発祥の地で、現在も広く親しまれている。イラーニー・ファルーダの麺部分を作るのが難しいので日本では提供不可能だが、数人集めればイラン・ハリームなどの料理は特注可能だという。


元々名古屋で9年経営後、昨年末に東京に移転したそうで、2Fの食材店も品揃えはまだまだだがイラン食材も見ているだけで面白い。
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2017年05月24日

八潮カラチの空でラホール料理話

鹿野さんにお誘いいただき八潮カラチの空へ。スタッフの藪さんありがとうございました。
マトンとカブ(シャルガム)のカレー、トマトベースなヘルシーニハリ、フィッシュカレー、サルビスのハリーム、アルパラータ、メティ入りロッティ、ハルワetc。こちらで修行されてる藪さんの作ったタンドーリー・ロッティもいただく。料理が美味いのはもちろんの事だが食後のJaved社長の話が興味深過ぎる。







ラホールの朝外食はパヤやニハリの他に、ハルワ・プーリーを食べることが多いが、ハルワと共にアチャールも付け合わせに食べるという。このプーリーはそれなりの大きさの鍋で揚げないと美味しく出来ないので八潮で再現するのはなかなか難しいらしい。






ナーンやクルチャは(日本でパンはパン屋から買うのと同様)パキスタンでも専門業者から購入する。ナーンは普通の(サダー)なものもあり、またキーマやジャガイモが中に入ったものもある(チーズ入りは無い)。






クルチャはペラー/पेड़ा=《成形して焼く前の状態の生地》を伸ばし、タパー/ठप्पा=《ナーン用のスタンプ》でポツポツと穴を開け、ゴマなどを表面にふりかけて作る。また、खमीरी रोटी カミーリー・ロッティという発酵ロッティも専門業者で販売される。前夜からイーストで発酵させた生地を焼いたロッティで、これが発酵に伴いプツプツと生地に泡が立ち上がってきて見た目は社長的には不潔に見えるらしいが非常に美味いという(カミーリー/खमीरीは「発酵した」というペルシア起源の形容詞)。


ナーン専門業者の使うタンドールはパキスタン国内で差があり、パシュトゥーン方面のタンドールは半分土中に埋まったもの、パンジャブのタンドールは土に埋めず外部に出している。ナーン専門業者はパシュトゥーン人が多く、パシュトゥーン人の作るナーンは美味しいとされる。ただし料理はチリやマサラが少なく他地域のパキスタン人にとりパシュトゥーン料理は味気ないものに感じられる。ラホールにあるナマク・マンディというレストランではパシュトゥーンの美味しい料理で有名。


このようにナーンがパキスタンで重用されるが、白いごはんはそのまま食べられる事はなく、インドで日常食の代名詞のように言われるダル・チャワル(水分の多いダルと白ライス)は社長のイメージだと刑務所の食事のイメージらしい。インド人従業員が普段食べる食事を見てもそのように見えるらしい。基本的に家庭で食べる時もビリヤニやプラオ、少なくともマタル(グリーンピース)などを入れるなどして極力白い状態のライスは避ける。



一般にカラチ料理は辛くラホール料理はややマイルドだとされる。パキスタンのミックス香辛料メーカーのShanの本社はカラチにあり、AhmedとNationalはラホールに本社がある。従って、同じガラムマサラでもShanの方が辛くAhmedとNationalはマイルドだという。



近くラマダンだが、八潮カラチではイフタール料理が非常に充実しているとの事なのでまたすぐ来なければ…



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2017年05月21日

赤羽ベティクロム食事会





この日は赤羽ベティクロム食事会。前もってホック社長と打ち合わせした以上のサルビス感いっぱいの本格的バングラデシュ料理の饗宴だった。以下メニュー。

@フリーソフトドリンク(お店お任せ)

Aパンタ・バート panta bhat
4月のバングラデシュの新年=ポイラ・ボイシャキの際に食べられるごはん料理。pantaは「水をかけた」bhatは「ライス」でいわゆる水かけごはん。非フォーマルなパンタ・バートは単にライスに水をかけ青唐辛子だけで食べられる、ダルすら食べることが困難な貧農地帯などで日常的なものであるが、ポイラ・ボイシャキの際に都市部で食べられるのパンタ・バートは今日のような、ナス、ジャガイモ、インゲンの3種のボッタとイリシ(英名Hilsa/バングラデシュでの最高級魚)のフライといった豪勢な祝膳である。ホック社長から、米の質感的にタイ米が近いとの事でそのようにしてもらった。基本的に軽く塩を振って食べるのがバングラデシュでの食べ方。




パンタ・バートは具とライスが別々にサーブされたが最終的にはご飯の上に載せて食べられる。


Bモロクプラオ(最高級米のチニグラ米で炊き込んだバングラデシュスタイルのチキン・プラオ)
ベンガルでは雄鶏をモロク、雌鶏をモロギと呼び雄鶏の方が美味しく価格も高い。同様に山羊も雄雌の区分けをし、更には去勢山羊をカシと呼びそれが最も味が良いとされる。これは呼び名を含めて全くネパールと同じなのが面白い。




Cパンガーシュpangas(英名yellowtail catfish)のトルカリ
トルカリはベンガル語でいう「おかず」
パンガーシュはバングラデシュでもポピュラーな大衆魚で、ルイやイリシに比べて小骨が少なく外国人でも食べやすいと思われている。




D牛肉(ゴルール)のムガライ風のレザラ
特にダッカ旧市街などにはムガライ料理の影響を受けた料理の伝統が残っているらしい。
こうしたコッテリとした宮廷風料理もまたご馳走料理として祝宴などでは出されるという。




Eシャダロン・カバール
ベンガル語で「普通の料理」を意味し、祝膳とは違う、いわゆる家庭で食べられる日時食。ムガル風のコッテリしたカレーは外来料理でベンガル固有の料理ではなく、むしろ本来のシャダロン・カバールこそがバングラデシュ料理の真髄という)

このシャダロン・カバールが2種。一つは里芋(kochur)の茎(loti)と小エビを和えたトルカリと、もう一つはホック社長にお任せしたところオクラとkoral(英名Barramundi)のトルカリが出された。特に前者は典型的なローカルのバングラデシュの味。






Fシャダバート(いわゆる白ゴハン)。プラオとパンタ・バートは頼んでいたのに肝心の白ゴハンを頼むのを忘れていた。シャダロン・カバールに合わせるのはやはり非日常的なプラオなどではなくシャダバートでなければ。これは電話で社長に追加してもらった。



Gホック社長の好意でダルがサルビスされた。このダルはモシュール(マスール)を使用。白ゴハンにダルをかけないことには…との食に対する社長の高い意識が感じられる。



Hデザートのベンガル名物ミシュティ・ドイ(甘いヨーグルト)。ベティクロムはそもそもベンガル菓子屋で、一般客向けに500g入りのミシュティ・ドイもショーケースで販売しているが、個別容器にそれぞれ作って準備してくれたものは更に美味しく感じられる。さすが本職だけあって絶品だった。



以上の構成で3,000円。メニュー構成は宮廷風からイベント料理から普通の料理までをカバーした欲張りなものになった。非常に美味しく割安な本格的バングラデシュ料理会だった。




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2017年04月14日

【ナマステ福岡への道 vol.15】沖縄モスクの金曜礼拝と礼拝後のハリーム


沖縄にも少なからぬムスリムは在住し、礼拝のためのモスクもある。元々琉球大学のムスリム留学生のために大学内に礼拝所は約30年前ぐらいからあり、また今でも学校関係者以外でも礼拝は可能とのことだが学外の需要に応え約3年前に中頭郡西原の地にプレハブながらモスクを取得。現在近くの場所に新たなモスクを建造計画中だが、在籍するムスリムの多くが留学生のためなかなか寄付金が集まらず、近々来沖する福岡モスクの幹部にも相談するという。




壁に貼られていた新規モスクへの建造計画書

ナマーズに集まったのはパキスタン、アフガニスタン、バングラデシュ、アフリカ諸国などな中にマレーシア人の奥さんを持つ日本人の方も一人いた。どの国籍が多数、ということもない。コーランを読みイマーム代わりに(流暢な英語で)説法していたのはパキスタン出身の博士課程にいる方。







来ていたパキスタン出身者から話を聞くと、沖縄には純粋なハラールレストランは存在しないという。在沖縄パキスタン人の中で唯一中古車ビジネスをしているという方はそういう意味で自らがハラールレストランビジネスも考えているという。来月からラマダーンだがイフタールもこの場所でやるという。



沖縄にいるメリットとしては、バクレー・イードの際の山羊入手先に困らない事。県産山羊が至るところで入手出来る。これはネパール人がダサイン祭を行う際も同様である。

礼拝が終わると有志の方(パキスタン人で中古車輸出ビジネスをされている)からライスとハリームがふるまわれた。集まった皆さん分け隔てなく供出され、ひと時の歓談/情報交換の場となる。




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2017年04月13日

【ナマステ福岡への道 vol.14】バングラデシュ青年宅でバングラデシュ家庭料理


沖縄到着初日、たまたまお茶を買いに入ったホテル近くのコンビニに勤務していたバングラデシュ勤労学生のサミール君。その場でちょっと会話し、また翌日行ったら居たのであわよくばと思いバングラデシュ料理の話題を色々振ったら「じゃあ食べに来ますか?」と話は希望通りの方向に進み、本日ディナーをご馳走になる運びに。短い沖縄滞在中インド人の家庭だけでなくバングラデシュ人の家庭料理までご馳走になるとは旅の醍醐味である。



指定された彼らの住所を訪ねてみるとそこには二段ベッドが二つ置かれた学生寮だった。彼らバングラデシュ学生は4人でこの部屋に住んでいる。部屋の台所からはスパイスのいい香りが漂ってくる。元々サミール君たちはバングラデシュ第二の街チッタゴン方面の出身なので、ダッカでの自炊生活経験もあり料理もお手の物との事。このサミール君の兄のフィアズ君と同級生のウマル君が料理を手伝っている。





もうじきバングラデシュ正月のボイシャキで、本来ならパンタイリシュpantailishを食べてお祝いするのだが食材の入手も難しくアルバイトも忙しいのでそうした料理は口に出来ないという。





そうこうしている内に一皿目が完成。ソーメンをマサラ風味に味付けしたもの。普段は主にこの料理を食べているらしい。ソーメンを使うところに沖縄らしさを感じる。ちなみにバングラデシュではこの料理を何と言う?と聞くと「ヌードルです」との返答。



次いでジャガイモ入りの骨付きチキンカレーと濃厚な味わいのキチュリ。手のかかるキチュリは休みの日に食べるご馳走らしい。人参を細かく刻んだサラダも振りかけてくれた。これがまた美味い。







彼らの通うSaelu学院は那覇市内にあり創立2年ほどの新しい日本語学校。バングラデシュ人4人、イギリス人1人、中国人1人、アルゼンチン人1人、あとの5〜60人は全てネパール人だという。ここでもネパール人学生の多さを実感する。なぜ彼らが沖縄を選択したのかというと、彼らがバングラデシュで通っていた学校の先生が沖縄出身だったらからだという。その先生がしきりに沖縄の話をするので自然と沖縄を目指すようになったという。しかし学生生活を終えたら東京か大阪に出たいという。



彼らバングラデシュ人学生から見たネパール人学生観が面白かった。曰く、ネパール人学生はハードワーカーだがあまり学校に来ないし、来ても酒臭かったりする。ハードワーカーなのは幼少時から労働をして来たからで、自分たちとは環境が違う。自分たちはあくまで勉強に来たから去年一年で学校を休んだのはイードの日の二日間だけだった。ネパール人学生はビザを取りやすいがバングラデシュ人は日本大使館で日本語の面談と預金証明20ラックタカ見せなければならないetc

このような限られた沖縄在住のバングラデシュ学生の学生生活などの話を聞きながら彼らの心尽くしの料理に舌鼓を打つなど、改めて今回の沖縄旅の充実度を感じた夜更けだった。


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2017年04月09日

【ナマステ福岡への道 vol.9】那覇市内のファミマでバングラデシュ青年との邂逅


胎動するネパール人社会を十二分に堪能した後、車を福岡空港の駐車場に預けて空路、人生初の沖縄へ。宿泊先はゲストハウスで門限ではこそないものの、23時迄には到着して欲しい由の連絡を受けていた。しかし空港に着陸したのが22時30分、そこから急いでタクシーで宿へ。タクシーの運ちゃんが月挑だと言ってるのにロクに調べもせず月挑庵という別の店に付けたのでイライラさせられる。夜だというのに半袖で充分な蒸した気候といいまるでこの雰囲気はヒンディー語こそ喋っていないが正に北インドである。

そんなこんなでたどり着いた宿の受付の人は拍子抜けする程穏やかな人柄で、沖縄初日から振り回された印象。とりあえず頭を冷やす必要を感じ冷えたお茶でも買おうと宿から一番近くのファミマへ。



そこに雑誌の整理をしていた色黒の若い男性が居て我慢できず思わず話しかけた。
『あなたはネパール人ですか?』

サビールさんというその男性はネパール人ではなくバングラデシュ人留学生で、沖縄には兄弟で住んでいるという。沖縄在住ネパール人は多いと聞くが、バングラデシュ人はどうかと聞くと、那覇市内に在住のバングラデシュ人は5〜6人ぐらいではないか。沖縄モスクに来るムスリムの中で多数派はパキスタン人だが正直なところまだ沖縄に来て日が浅いのでよく分からないという。



話題を変えて、イリシ・マーチやルイ・マーチ、チニグラ米のビリヤニ、ベイガン・バジャ、ボッタやバジなんかのバングラデシュ食材調達は困らないですか?と思いつく限りのバングラデシュ料理を並べて知ったかぶりして聞いてみると、スマイルホテル近くにネパール人の経営する食材店があり、そこでハラール食材が入手出来るとの事。沖縄滞在中ぜひその店も訪ねてみたいし、宿から一番近いコンビニなので再訪して彼と気心知れた仲になり、あわよくば夕飯に招いてくれないとも限らない事を夢想しつつコンビニを後にした。
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2016年10月09日

【関西インド紀行vol.5】大阪ハラールレストラン食事会

楽しみにしていた関西インド系料理店に精通したみつおさん主催によるOHR(大阪ハラールレストラン)での一年ぶりの食事会。みつおさんとは言わずと知れた関西インド料理店情報の最高峰であり関西食べ歩きには欠かせない情報源。去年も来阪に合わせてOHRで開催していただき、料理の凄さもさることながら出席者の席次・飲み物のサーブや皿の交換に至るまでの細かい配慮などその見事な幹事ぶりにも驚かされる。私も時々東京でインド料理ファンの方たちにお声掛けしてユルく食事会など行ったりしているが、幹事とはかくあるべしという教訓が得られた食事会でもあった。



今年のOHRはイスラマバードから凄腕シェフタリク氏が加入し、元々美味かった料理が更に凄くなったと聞き期待に胸膨らませて訪問。


凄腕シェフタリク氏。そのルックスも迫力満点。


幹事のみつお氏(奥)と関西の有名食べ歩き人の赤い兄貴氏。
時々東京にも遠征され、その際テーブルを共にさせていただく事もあるが食べる量とそれを消化するための徒歩運動量が尋常ではない。もちろんその情報量の膨大。



一年ぶりに優しい笑顔のアバスィさんとご挨拶。また久しぶりの方々や初めましての方々などとご挨拶しながら凄料理がスタート。


まず美しく盛り付けられた4種のサラダ。色味や手間などの点でも明らかに他のパキスタンレストランを凌駕している。前菜的にはサラダの他Arabic Paratha、Italian grilled chicken もその範疇に入るのだろうか。







そしていよいよメイン。
Chicken Vegetable
Mutton chop masala
Mutton brain masala
Chicken cheese boti
Mutton degi tikka
Mutton Irani Pulao
Chicken Biryani











デザートに
Petha Halwa
Fruit Traful
Malai khaja





料理はメインもデザートもパキスタンレストラン離れした味とルックス。サーブされるタイミングも長くも短くもなくちょうどいい間隔。前夜に訪れた浜松のパキスタン料理店Al-Rahmanとはいい意味で真逆の雰囲気。今年夏のラマダン時期にドバイ初訪問したが、ある種ここで出されたメニューはドバイなどのホテルでサーブされるような高級ハラール料理といったイメージだった。こうした料理は特に新加入のタリク・シェフの技術にも負う所が大きいのだろうが、行ける範囲で全国のパキスタン系レストランに行った中でも唯一無二の個性であると感じる。



いずれにしてもヒンディー語で『ご馳走』の事をダーワットというが、正にその言葉に相応しい料理だった。また集まった濃い方たちによる関西のインド料理界隈の話なども興味深く引き込まれた。
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2016年10月06日

【関西インド紀行vol.2】浜松Al-Rehman及び浜松モスク

ディナーは以前から行きたいと思っていた浜松モスクからほど近いAl-Rehmanへ。



初訪問のお店だが、ある程度の人数も居ることもあり事前に『こんな料理が食べたいんですが』と電話していた。ただその際の店主さんの対応がやや眠そうな声(その理由は訪問の際に判明したが、早朝のナマーズ時間にモスクに来る同胞のために午前4時ぐらいから準備しているそうで、電話をかけた時間帯が仮眠時間だったらしい)に一抹の不安を感じ、あらかじめえりカレーのえりさんに予約の再確認をお願いした。

実はこれも後から判明したが、元々このお店にはメニューが無く、日替わりパキスタン料理がその都度出てくるという錦糸町にあるアジアカレーハウス的なシステム。現地でもこのようなスタイルを取る店は少なくない。しかしそんなシステムを知らなかった私はこんなメニューが食べたいなどと伝え、それをさらにえりさんが店主にやや強引にねじ込み(笑)その結果いつものこの店では出さないという品ぞろえ豊富なディナーがテーブル狭しと並ぶ事となった。










この日はえりさん、アキコさんというお昼からお付き合いいただいているお二人の他に、浜松でアーユルヴェーダ活動をされている鈴木さん、インド映画ファンの佐藤さんなどインドつながりな素敵な方々も合流。濃厚なニハリの他にマトン・ビリヤニとライタ、デザートにカスタードも特別オーダーで作ってもらいゴージャスな晩餐だった。



食後オーナーさんからパキスタン土産のお菓子を惜しみなく振舞っていただき満足感充分。パキスタン中部のムルターン出身というオーナーさんは以前は中古車関連の仕事だったらしいが、現在は飲食店一本で勝負しているらしい。






近くの浜松モスク(Mohammadi Mosque)からはナマーズ帰りのパキスタン人(必ずしも中古車関連の仕事だけでなく建築・解体関係の仕事に就ている人も多いらしい)がたくさん来店する。また店は朝のナマーズ後まで開いていて、朝のナマーズ後にはチャイと軽食も準備しているという。





なお、お店には客として中古車業者のパキスタンの方が居て、近く袋井市の中古車オークション会場近くにパキスタンレストラン?を開きたいというので思わず熱心に営業。
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2016年09月17日

【福岡インド紀行vol.4】マルハバ及び福岡モスク

福岡二日目。この日はインド情報通のカタオカさんご夫妻と共にマルハバでランチ。マルハバのある東区の箱崎周辺は九州大学の校舎があり(近日中に移転予定という)その学生向けらしき古いアパートが目立つ。こうした環境も外国人居住者にとって比較的集まりやすい条件となっているのかと想像しながらマルハバへの道を進んだ。



チャナーチキン、ビーフニハリ、タワロッティ、ラムビリヤニのライタ付き、食後にチャイ。



カラチ出身オーナーさんが自らが食べたいものを作って出したいというモットーの元、家庭的で優しくも力強い味わいのパキスタン料理だった。この味わいを求めて近くの福岡モスクからナマーズ後のパキスタン人インド人などが金曜日は大挙して押しかける。実際この訪問日は金曜日で私たちの食事が済む時間帯あたりから徐々にパキスタン系の来客が増えだした。





この日はお店で顔を合わす事が無かったが、オーナーにはまだ新婚の若い奥様がいてビリヤニ教室をされているという。驚いた事に奥様はインド人で、知り合ったキッカケはネットだという。印パカップルというだけでかなり珍しいのに!印パ分離独立時に元来インドに居住し独立後パキスタンに移住したムハージル・コミュニティという訳でもないらしい。

その後福岡モスクを見学。中東から招聘したというイマームにもご挨拶。モスクは今まで複数見てきた国内のモスクと比較しても非常に立派な造り。何とつい先ほどまでA.R.ラフマーンが来ていたという!









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2016年09月15日

【福岡インド紀行vol.1】福岡ザエカ

インド映画音楽界の巨人 A.R.ラフマーンが福岡アジア文化賞を受賞するにあたり、9月に来福するというニュースは既に数か月前に入手しており、入場整理券(無料)も申込みして入手していた。ラフマーンは初期の頃から映画と共によく聞いていて、特にインド留学中に大ヒットした「Lagaan」のサントラは何度も聞き歌詞も辞書を引きつつ意味を調べたりした思い入れの深い作品。

福岡に行きたかったもう一つの理由は、ここ数年特にネパール人滞在者が増加し、新大久保のソルマリやナングロ(10月オープン予定)も福岡に進出しているという状況を是非とも生で見てみたかったからである。どちらかと言えばこちらの理由の方が元々あり、何かのタイミングで福岡に行ってみたいと思っていた所にラフマーンの受賞式を知り、福岡行を決行するに至った。



ピーチエアーでお昼近くに福岡に到着。宿泊先に荷物だけ預けて早速ランチへ。地下鉄から宿泊先に向かう途中のゆに寄ったらレジにネパール人二人も居て、更に別のローソンに寄ったらそこにもネパール人が居て、福岡のネパール人人口の多さを実感。





事前に福岡在住の南アジア情報通・カタオカさんに膨大な福岡の南アジア関連情報を教えていただき取捨選択に悩んだ末、ランチはザエカに確定していた。カタオカさんにもご同行していただき、美味しいチキンビリヤニを食べながら興味深い福岡における南アジア系の動向などを詳細に教えていただく。





その後手の空いたオーナー・アリさん(カラチ出身)から、商売から映画から故郷からマスジドからイスラム教から人生からと膨大な量の話を長時間に渡って(笑)滔々と聞く。元々は多くのパキスタン人同様中古車ビジネス(それ以前は雑貨や絨毯などの輸入業などもしていたという)をしていて、福岡におけるパキスタン系の中古車ビジネスの状況など深く知ることが出来、福岡に来る早々濃密な時間を過ごした。話の終わりにお店を訪問したラフマーンとのツーショット写真も見せてもらい仰天した。







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2016年06月12日

伊勢崎マスジドのイフタール〜マーディナでのニハリ

先日野田市ハンディに行った際に、社長が周辺のマスジドにイフタール用の料理を配達している話やマスジド内の写真などを見させてもらっている活動に感銘し、当初坂東のマスジドに行こうと思ったが、先日食べた巨大なニハリが忘れがたく伊勢崎市へ。予約したマーディナに行く前にマスジドに行ってみたらタイミングよくイフタール準備中だった。一緒に手伝いながらイフタールにも参加させてもらった。











巨大なプラスチックの樽に牛乳とローズシロップと上白糖を混入し、ローズミルクを作っていく。

時間と共に車に乗ったパキスタン人たちが続々と集まり150人以上は来たらしい。シャルワール・カミーズを着ている人が多い。皆さん紳士的に接してくれるが全く知り合いが居ないのでアウェイ感が強い。




料理名を聞いたら『ローストチキン』であると教えてもらった。
以前はこのような料理がイフタールに登場することはなかったという。


別の場所では野菜のパコーラが作られている。









イフタール内容は、デーツやスイカ、マンゴーなどのフルーツ類、野菜のパコーラ、ローズシロップでピンクに色付けされたミルク、チキンロースト、マトンビリヤニなど。大鍋料理を作っている作業が非常に興味深かった。



伊勢崎マスジドのイフタール会場を一旦中座して、先日食べた巨大なニハリ(推定値600g)がトラウマとなりマーディナを再訪。実はここまで来て空振りはダメージ大きいのであらかじめ社長にニハリを食べに行く由を電話予約していた。



久しぶりに社長にもご挨拶。只今ラホールに支店を開設してまだまだパキスタンには支店を作るらしい。東京にも作ってよと一応言ってみた。



先日も居たベンガル人コックさんは名古屋から来たとは聞いていたが、その前は小山のパミールマートに3年も居たという。道理でパキスタン料理に精通している。4〜5時間煮込むというニハリは相変わらず今日も素晴らしかった。




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2016年06月09日

野田ハンディのイフタール

久しぶりに野田ハンディへ。ラマダン期間中の特別サービスとして、デーツ、ローズシロップ入りのミルク、チャトニー付きのサモサやパコーラなどの揚げ物、アル・チャナー・チャート、果物盛り合わせなどが無料で振る舞われている。






日没間際、店には続々とパキスタン人客が集まり、各テーブルの前には上記のデーツや揚げ物などがてんこ盛りに置かれ、日没時刻と同時に一斉に食べ始める。


ローズミルク


パコーラ類。すべて無料でふるまわれる。


アル・チャナー・チャート

入店後周囲のムスリム客に気を遣い、彼らと同時にこちらもデーツから食べ始める。それ以外のメニューは、チキン・チャルガ、ハリーム、マトンアーチャール、シャミ・カバーブの乗ったチキン・プラオ、ナーンとロッティ、コーラ、チャイetc チャルガにはさらさらのライタとグリーンチャトニー付き。ハリームは一皿分残っていたらしく、貴重な一皿を出してくれた。インドのハイデラバードやイランなどではラマダン中の料理としてハリームが食されるらしいが、パキスタンではそういうことは無いらしい。マトンアーチャールもアチャールの酸味と油が美味い一品。


チキン・プラオにシャミ・カバーブが乗っている。









八潮、坂東など北関東三ヶ所のマスジドへのイフタール配達を終えた社長も合流。久しぶりにご挨拶。料理に対するこだわりとかイフタール見学の話とか情報交換出来た。
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2016年06月05日

伊勢崎マーディナ〜伊勢崎モスク見学

群馬県大泉町に仕事があったため大泉町のブラジルレストランでの肉料理でもと思ったが、金土日はニハリを出していることを思い出して足を伸ばして伊勢崎市マーディナへ。




入店した時、大柄なパキスタン人男性が一人ビリヤニを食べていた。

昔食器のオーダーをいただいた事もある社長は不在で、まだ店に来て2〜3ヶ月のベンガル出身のコックさん(この店の前は名古屋にいたらしい)が一人店番をしていた。待つことしばし、巨大かつ油ギッシュな骨つき肉の塊が登場。






たまたま店に居あわせたパキスタンのお客さんと話してたら「これからナマーズだからマスジド行こう」と誘われ一緒に伊勢崎マスジド(ジャミアマスジド)へ。イマームのハーフィズ氏招き入れてくれ、ナマーズ風景を見学させていただいた。神妙なお祈り後はハルワをいただいた。




中央がイマームのハーフィズ氏






ナマーズ後にいただいたハルワ。細かく千切りにされたリンゴが入っている。
ラマダン中のイフタールもここで食事が提供されるという。

それにしても17号を北上していくとガンダーラ・モータースとかいかにもそれっぽい中古車屋が道すがら見えたりして気になって仕方がない。
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2016年05月05日

第一回 赤羽ベティクロム食事会

ボイシャキで名刺交換した赤羽南のバングラディシュ料理店ベティクロム・スイーツ&ハラルレストラン、ここでは普段、食材販売とバングラディシュ菓子の製造などが主力だが、先日店内でも食べられる事を確認し、また複数人での訪問でオーダー式の店内飲食も可能である由確認。そしてこの日、第一回目のベティクロム食事会を決行した。お店側もそうした対応に慣れてないようで直前まで料理内容が不確定だった事もあり一抹の不安があったが、フタを開けてみれば杞憂だった。




きれいに出迎え体制が整えられた店内

レモンや生姜の千切り、コリアンダーホールとクミンシードを合わせて粉末にしたものを薬味的に振りかけるハリームは、パキスタン・レストランで食べるそれより油が少ないながらも濃厚なコク、トマトが乗ったルイ・マーチのタルカリ、骨付きの濃厚なマトンレザラ、チニグラ米を使ったハーブ(パナンダンリーフ)で香り付けされたマトンビリヤニはプラオに近い味わい。またサービスで頂いたコフタ状のマトン・ティッカはいかにも手が込んだ感じ。周りのサラダの盛り付けもバングラディシュ風。そしてこうした料理には欠かせないコーラを社長の手ずから注いでサーブ。




サラダ


ハリームをサーブする従業員ハッサン氏


コリアンダーホールとクミンシードを合わせて粉末にしたものを薬味的に振りかけるハリーム


サービスで頂いたコフタ状のマトン・ティッカ


トマトが乗ったルイ・マーチのタルカリ


チニグラ米を使ったハーブ(パナンダンリーフ)で香り付けされたマトンビリヤニ


骨付きの濃厚なマトンレザラ


階下の食材店で販売していたチニグラ米。
末端価格はバスマティより高い。

デザートはションデーシ、ミシュティ・ドイ。





味、量、サービスのいずれもあまりスタッフさんが慣れてない感じが却って初々しい心がこもっていて、あたかもバングラディシュ人宅で料理を食べているような雰囲気。事前にリクエストしていた内容以上に品数も多くしてくれ感動的だった。







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2015年10月15日

名古屋市港区Abbasi Halal Food & Asia Halal Restaurant

ディナーは名古屋市港区のAbbasi Halal Food & Asia Halal Restaurant でハリーム、二ハーリ、ライター、タワ・ロッティ。肉肉しく美味しい。港モスクも近く結構パキスタン人客も多い。















名古屋港にパキスタン人が多いのは、当然トヨタが愛知県にあり、中古車やパーツ関連工場なども多いからだろう。パキスタン人以外にも中古車輸出業を営むスリランカ人も多く、同様に港区内にセイロン・ハブというスリランカレストランがあって周辺のスリランカ人のたまり場となっている(2014年に訪問)。



勤務5カ月目というベンガル人スタッフ君が親切に対応してくれた。

レストランの隣には食材店が併設されている。また上階はパーティーやイフタールの時の会場として使え、客人(メヘマーン)が宿泊することも可能だから泊まっていくか?とオーナーのアッバシ氏に言ってもらったが既に某安宿を予約済みのため遠慮。





ここでも行商。商品は車に山積みなので普段のサンプルを見せて後日納品ではなく直接販売の現金決済出来るのが楽と言えば楽。このように、行く先々で食事をし、商品を見せて販売して歩けるのだから来年はもっと別ルートから神戸に入ろうか…などと思った。ちなみにやはりパキスタン人、なかなかタフな交渉をする。食器をディカウントするから食事代もディスカウントで、といういつものパターン。


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名古屋市中村区World Mehak Halal Food

ゴルカを訪問するためにせっかく名古屋市中村区まで来たのだからと少し足を延ばしてWorld Mehak Halal Foodへ。名古屋駅の東側というのは西側とはガラっと雰囲気が異なり、ややうらぶれた退廃的な空気が支配する街並み。中国系食材店やマッサージ店などが点在する。

そんな名古屋駅の東側から車を走らせることしばし、World Mehak Halal Foodに到着する。ここで食べたのはチキンカレーとタワ・ロッティ(撮れてたと思っていたのに料理写真無しなのに後で気付く)。







店の奥にある小さいキッチンの家庭用ガス台で調理するラクノウ出身のアリ氏の料理は絶品。家庭用ガス台で作るせいか味も家庭的。好奇心が抑えきれず他にお客さんのいる中、つい店の奥のキッチンを覗き込み話し込んでしまった。





肝心の写真が撮れてなかったが…カレーと分厚いロッティ2枚で500円と激安。味は都内によくある甘ったるいナン・カレーとは全く違う、本当にいい意味での現地ムスリム食堂/家庭を彷彿とさせる味。アリ氏はオーナーではなく雇われというので、念のため希望月収額や条件などもメモした。頭の中では(仮に彼を雇って都内で飲食店を開いた場合の諸経費など)を目まぐるしく計算している。





食事中、厨房で手伝いしていたネパール人ご夫婦と、買い物に来ていた若いスミトラさんとネパール話をしていたら、今度の金曜のスミトラさん宅で誕生日パーティーするから来ませんか、と物凄くそそられるお申し出。一瞬インディアメーラーをすっぽかしてでも参加すべきか迷う。普段はこちらからネパール人宅に食べに行かせて欲しいと逆に聞き回っているというのに、これほど後ろ髪引かれることも無かった。



テイクアウト用のビリヤニ。



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2015年10月06日

新安城マスジト及びマディーナ・レストラン

一年ぶりに新安城のマディナへでマトン・ビリヤニ。オーナーのバングラディシュ人のサイード氏が覚えてくれて近況報告と情報交換。













臨時?勤務のスリランカのおじさんがやたら愛想が良く親切。食べかけの卵焼きライスも遠慮したのに分けてくれて、この雰囲気、まるでアジアを旅している気分になる。





売店部に陳列されている食材や来客を見ているとスリランカ系の方が多い印象。







たまたま食事に来ていたスリランカ出身イマームのZiyad氏ともお話させていただき、新安城マスジドの中も見学させていただいた。













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2015年05月25日

富山紀行vol.3 富山モスク訪問



食後、DILで食事していたイマームが居る富山モスクへお邪魔した。コンビニ居抜きのような外観のモスクで、言ってた通り子供達にコーランを開いて教鞭していた。彼によるとムスリムの子供達は約38人が地元の小・中学校が終わったあとここに通っているという。周辺に居住しているらしきムスリムの父兄が車で子供を送り迎えしている。





金曜なので子供達以外にも次々にナマーズにパキスタン人が訪れている。当然の事ながら中古車業者が多く、以前はロシア人は日本製の中古車とあらば何でも買っていたが、最近はロシアは景気が悪いし税制改正で5年経過の中古車は税金が高くなり商売あがったりだという。

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2015年05月24日

富山紀行vol.2 DIL訪問

カシミールでビリヤニを食べ満腹になったものの、せっかく憧れの射水市まで来ているのだからなるべくいろんなお店に行きたい、という事でランチをハシゴすることにした。
カシミールから同じ富山高岡バイパス上(8号線)にある富山県射水市のDILへ。





昼の遅い時間帯に行ったら先客が一人だけ居た。ハッジ帽子をかぶった近くのモスクで教育係をされているカラチ出身のイマームで、額には祈りタコが出来ているヒゲの長い敬虔な外観。来日3年だが殆ど日本語が出来ない。こちらがウルドゥー語(ヒンディー)が分かると熱心に教義についての話が始まる。



そのイマーム然とした姿に思わず写真一枚いいですか?と聞いたらダメだという。パスポートや免許など最低限しか写真は撮らないらしい。通常は自炊することもあるが外食の場合は美味しいから大体DILで食事するという。いろいろと話が盛り上がったので後でモスクにも立ち寄ることにした。



5時間煮込んだという金曜メニューのニハリとナーン。柔らかくて食べ応え充分。やや青唐辛子が多く入っていたものの素晴らしかった。



コックさんは北インドのガルワール出身。他にも厨房で勤務しているのはガルワール出身者のみで、ネパール人コックは居ないらしい。多くのパキスタン系のお店には少なからずネパール人従業員を雇用している所が少なくないが、パキスタン系のお店は雇ってもせいぜいインドのガルワールどまり、という店もあり、そうしたところに独特のこだわりを感じさせる。



名前が白鳥さんというイケメンの日パのハーフの二代目オーナーさんがレジをされていた。毎週金曜はパキスタン客で忙しいので応援に来る。射水市内の他のパキスタン店オーナー同士の仲は良く、最近出来たホットスプーンなどとはお互い貸し借りする仲だという。そのホットスプーンにはディナー時に伺うことにした。
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2015年05月19日

富山紀行vol.1 カシミール訪問

先日、たまたま長野県の木曽山中に就職するネパール人がらみの仕事を依頼された。翌日・翌々日も仕事は運よく入っていない。なかなかこんな機会もないので、前々から憧れていた富山県射水市に無理して足を伸ばしました。目的は当然の事ながら在住パキスタン系飲食店での食べ歩き、そして食後の営業です(笑)







長野の善光寺に参拝後、長野インターから入って黒部・立山を迂回するように新潟の糸魚川あたりをグルっと回って富山に入る。直線距離だと近く感じるが、迂回するので約200kmほど。とはいえ5月半ばの山々はまだ残雪があり、ヒマラヤとのデジャブ感を楽しみつつ快適なドライブ。右手には日本海も見えてきて旅情あふるる。

射水市に着き、手始めにダンチュウにも掲載されたカシミールへ。プレハブを利用した建築現場チックな建物は、予備知識がなければ一瞬レストランとは分かりにくい。







ランチのチキン・ビリヤニをオーダー。金曜だからという訳ではなくビリヤニはレギュラーメニューだとウエイターのネパール青年(ポカラ出身)が教えてくれた。







ランチ時にはメインのアイテムと共にサラダと少量のビリヤニとタンドリーチキンをサーブしている。カレーとナーン(ナーンはお代わり自由)の場合、ちょっとビリヤニを味わえるのでメリットが大きいが、メインがビリヤニの場合は写真のようにカブるのが奇異な印象。逆にカレーにしてくれればありがたいのだが…



尚、ライタは付いて無いと言うので、何か代わりをと言うとミントチャトニーをくれた。ライタではないが、これはこれで美味しかった。

現在では複数存在するパキスタン系の飲食店の中でもカシミールがこの辺りでは最古参で、創業16年。当初は近隣で働くパキスタン人のための弁当屋からスタートしたらしい。



厨房・ホール含め従業員は4人、うちパキスタン人1人ネパール人3人バングラデシュ人1人という構成。名古屋市にも支店があり、ネパール人などは最初名古屋で勤務していてこちらに来たらしい。



パキスタン人(パンジャブ州出身)のコックであるシャヒード氏が創業時(16年前)からの勤務。ネパール人などは比較的新しい。シャヒード氏は長く日本に居住しているムスリムにありがちな非常に穏やかな方で、偏狭なところのまるで無い方だった。ともすればウルドゥー風に話してても必ずヒンディー語が混じってしまうが、こういう人が相手だと間違って『ダンニャワード』などと口をすべらせても安心していられる。





ネパール人従業員に聞くと、射水市にはネパール人が少なく、せいぜいこの手の飲食店で働いている程度ではないかという。一方、富山市などには専門学校などに通う学生などもいて割とネパール人もいるらしい。

食後お手洗いに行くと、そこは建築現場によくある簡易式のトイレだった。母屋がプレハブだけにこれは想定の範囲内だが、よく見るとしゃがむ足元にそれ用の蛇口が接続されており、かつバケツではなくジョウロが無造作に置かれている。そういえば20年前、パキスタン〜イランを旅した時、インドでは小さいバケツだったそれが、いつしかジョウロに変わった記憶がよみがえった。こんなところにもインドとの差異がある。(ちなみにインド式のバケツはアジアハンターで扱っています)



「ダンチュウ」の影響で日本人客が増え、かつてはパキスタン人客がメインだったのが逆転したらしい。実際、入店時には地元のヤンキー風男女や推定70オーバーの老夫婦など、都内の店ではあまり見ない客層だったのが興味深かった。
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2015年02月02日

札幌市ダーワット

たまには家族旅行をという事で、平日木曜から日曜にかけての3泊4日を、当初韓国あたりにしようかとガイドブックを購入したりして検討していたが、去年(2014年10月)に仁川でアジア大会が開催された際、ネパール選手が複数行方をくらました、という記事を思い出し、そこから在韓国のネパール人ネットワークなどの情報だったり、韓国のインド・ネパール料理店などの情報などを調べてい行くうちに、とてもではないが3泊4日という短期間で韓国におけるネパール・インド系社会に触れるのは難しいことが徐々に判明。仕方なく、よりネパール・インド系との接触の少なさそうな北海道へとルート変更することとした。とは言え事前に調べたこと以上に北海道(札幌)にも充実したネパール・インド系社会が存在していることなどが分かり、実り多き旅だった。

新千歳空港からレンタカーに乗って札幌方面へと向かう道すがら、RAJという名のインドレストランを通過。看板には大きくハラール認証マークが入っている。非常に気になったが、通過した時間帯が営業時間外のため、やむなく素通り。



次に札幌の宿泊先(サッポロメッツというビジネスホテル)近くで偶然見つけたインド料理店ダーワット。こちらの看板にもハラールのマークが入っている。 とりあえずサッポロメッツに荷物を置き、どのようなメニューなのかネットで検索。するとダーワット・カフェの名でケーキやパンなどを出す店のようだった。ダーワットはヒンディー語でごちそうを意味し、多くのインドレストランに使われている名称。しかしそんな名前でケーキ屋とは珍しい。という訳で早速訪ねてみると、ムスリムキャップを被った男性が一人で店内にいて、気さくに店内に招き入れてくれた。



ダーワットは、タージマハルで有名なアーグラー出身の店主カーン氏が約1年前にオープン。元々ケーキなど置くカフェとしてスタートしたが、お客さんの要望もあって9月からカレーをやるようになり、それがまた評判だったので今はインド料理専門店。食べログにケーキの写真があったと言うと、まだそんな写真が…と面喰っていた。表の立て看板にあったメニューのビリヤニはありますか?というと、この日は既に品切れだという。翌日また来れば?とカーン氏は言ってくれたが、実は翌日は定山渓という温泉地に宿泊する予定、明後日はダーワットが定休日、その次の日の早朝に我々は東京に戻る…という全くのタイミングの悪さに落胆していたら、ならば本来定休日の土曜を少しだけ開けますから…と何ともありがたい提案。恐縮しながらも是非、という事で、翌々日に再訪。






ビリヤニは以前UP州ラクノウの名店で食べた味を彷彿とさせる、具入りのグレービーをかけて食べるスタイルで、このタイプのビリヤニは都内ですらあまり遭遇しない。やや油が多いが個人的には美味しく、何よりも非常に丁寧に作ってくれている。





長年北海道に在住されているだけあってムスリム圏からの北大留学生事情など詳しく、興味深い話しを教えていただいた。長年デリーのパハールガンジで旅行関係の仕事もしていたといい、そうした話、また近くの札幌マスジドへの道順を聞いたりと食事以外にも濃厚なひと時を過ごす事が出来た。いずれにしても、非常に敬虔なムスリムで日本語堪能、また北インド出身という都内でもあまりコンタクト出来そうで出来ていなかった店主さんといろいろとお話し出来てよかった。



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2005年11月25日

食肉廃棄工場

以前このブログ上で紹介した『食肉工場』は、在日ムスリムの手によって食用牛が屠殺されるシーン、つまり食肉の導入部を紹介した訳だが、今回ここで紹介するのは言わばそのエピローグである。
それは食肉店舗などで販売されている生肉を購入し、胃袋に収めて終わりという一般的なエピローグではなく、普段まず目にすることの無い食肉解体で必然的に出る牛の残骸破片を処分する過程である。

舌から胃袋・尻尾までと、牛は余すところ無く食せる利用価値の高い食肉であると一般的に認識されている。とは言え、蹄や目玉、外皮、骨、角など食せない個所などは必然的にゴミとなり処分される。こうした破片を見る機会は一般的な日常生活の中ではなかなかお目にかかれず、全く意識することなく当たり前のように牛肉を消費する。



たまたま私も、ハラール食肉販売を手がける在日ムスリム社長のバンが突然火を噴いてエンジントラブルを起こし、一度だけこうした破片処分の片棒を担ぐという経験が無ければ、そうした事を全く意識することなく牛肉を消化し続けていただろう。
千葉県某市でハラールの教義に従ったやり方で屠殺された牛は、その後冷蔵車で社長所有の群馬県下の食肉加工工場に運ばれ、数人のアフリカ人ムスリム従業員によって細かく解体・各パーツごとに真空パックされたり袋詰されたりする。その際出る残骸破片は片隅のプラケースの中に無造作に放り込まれる。このプラケースが工場の片隅に置ききれず公道にはみ出さんばかりとなってようやく、社長の臭いバンにギュウギュウに積み込まれ、食肉廃棄処理工場まで持っていかれるのである。



↑牛の残骸破片

この山のようなプラケースが一杯になるまで、一体何頭分の牛を処理したのかは従業員のアフリカ人(ギニア人)に聞いても定かではない。(というより日本語自体あまり通じない)
社長のバンがエンジントラブルとなり(原因は積載量オーバーである)、代わって私の車でこの山のような残骸破片を処理場に運んで欲しいと言われた時、その残骸の異様な形状と独特の臭気に車を出す事にかなり躊躇・逡巡したが、処理場までの距離が短い事とその処理場そのものへの興味が私を突き動かし、気が付くといつしかアフリカ人二人を乗せてハイエースを走らせている自分が居た。

社長の工場を出たのは夕刻であったが、次第に鮮血のような濃厚な夕焼けが群馬の空に広がったかと思うと、処理場に到着した頃には既に日はとっぷりと暮れていて辺りは墨汁のような闇が広がっていた。横に座るアフリカ人の顔色が全くわからなくなる。彼らの行き先指示通りに車を走らせ、たどり着いたところは正にゴミ焼却場のような無機質な処理場だった。アフリカ人に指示された個所に車を止めると、そのすぐ脇に何か大きな塊がある。よく見ると成牛の死骸が無造作に転がっている。長年居た世界一の牛所有国インドでも人間の死体を目にした事はあっても(インドの河端では野天で火葬しているため)牛の死骸は見たことが無く、よくよく考えてみると生まれて初めて死んだ牛の姿を見た事に気づき、感慨深いものを感じた。


↑搬出作業をするアフリカ人従業員




アフリカ人二人が長靴・作業着に着替えると、車の後部ドアから慣れた手つきでプラケースを運び出し、適当な場にひっくり返していく。私も手伝おうかと一歩車を降りるとコンクリの地面がズルっと滑る。暗闇の中で目を凝らすと黒く変色した牛の血液が地面一面を覆っていた。アフリカ人二人も慌てて「出てこなくていい」と言う。




しばらく車の中でタバコなど吸っていると私の車の後ろの方に荒々しい運転でダンプが後ろ付けされた。すぐに荷台を上げて内容物を地面にひっくり返す。すると5,6頭の死んだ牛がゴロっと音を立てて落ちてきた。病気か何かで死んだのだろうか。それをショベル・カーやフォークリフトなどで慣れた運転で処理口まで無表情で運んでゆく職員。普段美味しいと食している食材の別の姿をかいま見る事が出来、何かしら深い感慨に耽ったひと時であった。


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2005年11月15日

在日モスクのムスリム食

友人の在日ムスリム実業家の社長からいつものように唐突に電話があった。

『インドから重要なお客さんが来てい て足立区のモスクに滞在している。次の目的地の群馬まで車で連れて 行って欲しい』という事である。

翌日、指定されたモスクに車を走らせた。そこは首都高四つ木インターすぐ近くのマッキー・マシジッド・モスクだった。




↑足立区四つ木にあるマッキー・マシジッド・モスク。
モスクの外見は非常に立派で駐車場も完備。中にはバングラディシュ系・パキスタン系などムスリムの方々が居て礼拝堂で軽い談笑などしている。明らかにムスリムではない私が入っていくとはじめこそ怪訝そうな顔をされるが、訳を言うとむしろ温かく歓迎される。その中に非常に日本語の堪能なバングラディシュ人が居て、元々このモスクは事務所ビルだったものを在日ムスリムが協力して金を出し合い三年前に購入した事、それ以前はま た別の場所(お花茶屋)に在った事などモスクの由来を中心にいろいろと興味深い話しを教えてくれる。インドから来た社長の重要な客人と言うのはイスラム学を修めたイマームらしく、二ヶ月前に来日し各地のモスクに泊まりながら指導・講釈して回っていると言う。既に関西方面・関東 方面の主要なモスクは回り終え、今日向かう群馬の境町モスクのあとは 一ノ割モスクに滞在し翌月には帰国する段取りである。マッキー・マシジッド・モスクに着いてしばらくすると礼拝(ナマーズ)が始まると言う。ムスリムでない私は参 加する事が出来ない。ちょうど昼時で あったので食事でもしてしばし待機 するよう言われる。そこで出されたのがマトン・ビリヤーニーである。モスクの中に設えられた台所には数十人分はまかなえると思しき大鍋があり、その中にビリヤーニーが入っている 。その一部をジャーに入れて暖めている。





↑世話係S氏が丁寧に皿に盛ってくれる。




↑マトン・ビリヤーニー。 傍らのレモンを絞ってかけると美味しさが更に増す。
米はバスマティ米ではなく日本米であったものの、本格的な味付け。カルダモンとシナモンの香りがインドで食べた味を想起させる。世界中どのイスラム食堂に入っても食す事が出来る。





↑ハイエースに各々の荷物を積込むインドからの客人たち。

礼拝を終えた客人たちを乗せて関越を群馬方面に爆走する。目的地の境町モスクでも彼らの話しを聞きに近郊から多くのムスリムが集まっていた。ここでもちょうど礼拝時間にぶつかった。この間またしても私だけ食事をいただく事となった。境町モスクの中心はベンガル人(ジングラディシュ人)が多いらしく、メニューは魚のカレーであった。





その魚はスーパーで売っていそうな鮭の切り身で、魚を日常的に食するベンガル人や日本人ならばともかく、日頃食べないパキスタン人・パシュトゥーン人などは果たしてこのカレーをどう思うのか、やや興味があったが別件の所用があったため結局見ることが出来なかった。
posted by asiahunter at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ■在日ムスリム系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月17日

食肉工場

友人のインド人ハラール食材輸入業社長から、先日一本の電話が唐突にあった。彼特有の早口のクセのある日本語、その上恐ろしく安く、従って通話状態が雨季のインド並かそれ以下レベルの怪しげな格安通話回線を使っているので甚だ聞き取りにくい。(とてもではないが同じ東京都内同士の会話とは思えないほどの不明瞭な通話状態である)
内容はこうだった。お盆期間中社長は不在になる。(行き先は柄にもなく北海道らしい)普段は車での食材運搬など唯一免許を持っている社長がこなしているが、不在中は如何ともし難い。ついてはその間代わりに社長のバンの運転手をやって欲しいとこういう訳だった。行き先は千葉県成田市近郊の食肉解体工場。出発は翌朝5時。あまりの唐突さに一瞬逡巡したが、彼ら特有の強引さに半ば引きずられる形で了承してしまっている自分が居た。
 
翌朝。指定された時間通りに彼らの事務所に到着。社長以下従業員の彼ら全ては敬虔なムスリムで、午前4時半にメッカに向かってお祈りしているから皆起きている、という言葉通り呼び出すと彼らはすぐに出てきてドカドカと車に乗り込んだ。彼らの外見は常に白いクルターとハッジ帽を被り、長いアゴひげを伸ばしたいかにもという感じのムスリムである。
社長の車は私のと同じ商業車タイプのハイエースなのだが、常に食肉その他を運搬している関係で物凄い臭気が漂っている。それだけならまだしも、運転席周辺には小さなゴキブリが無数に蠢いており、運転中突然ハンドルに駆け上ってきたりするので五月蝿くて仕方が無い。そんな車に乗り込んできた従業員たちのまず体臭が臭い。インド人の習性としてまず起床後に水浴しているはずにも関わらず、である。常時生の食肉を扱っているせいだろうか。更に車に乗り込んで間もなく、エアコンを効かせて閉め切った車中、何の断りもなく車中で屁をしやがり、それがまた臭く普段慢性鼻炎気味で鼻の利かない私ですら顔を背けたくなるものだった。
 
食肉工場は成田市に隣接する八日市場市にある。どんな仕事内容なのか、なかなか互いの意思疎通に至ず正確な情報が得られない。彼ら従業員は外見こそオサマ・ビンラーディンを彷彿とさせるバリバリのムスリムだが、元来南インド出身なのでそれ程細かいヒンディー語での意思伝達が難しい。(もちろんこちらのヒンディーにも問題があるのだが)日本語は彼らはもう8年も日本に居るというのに全くと言っていい程不自由である。
何とか情報をつなぎ合わせると、何でもそこは牛を屠殺する所だと言う。そこには何十頭もの牛が居るが、割り当てられた屠殺時間が決まっているのでどうしてもそこに8時半までに到着したいらしい。早朝5時出発というのもそのためである。
単に屠殺した肉を運ぶのかと思ったがそうではなく、彼ら自身の手によって屠殺するようである。これは『ハラール』のためで、基本的にイスラムの教えでは異教徒が屠殺した食肉は食べてはいけないとされている。彼らの規定は驚くほど事細かに規制されている。ただ単に豚肉がタブーというだけではなく、同教徒によって裁かれた肉しか口にしないという厳格なムスリムも少なくない。こうした人々の需要に支えられてイスラム食材店=ハラール・フードショップはある程度の経営が出来る訳である。
またこうして屠殺し終えて粗くまとめられた牛肉は別の冷蔵運送業者によって社長所有の群馬の食肉工場に運ばれ、それぞれのパーツやキロ単位ごとなど細かく裁断され、梱包される。裁断もまたムスリムによってなされる。以上の話しはYの判りにくい内容を私なりに解釈したものだから実際にその通りかどうかは不明である。

首都高を抜け、東関東自動車道の富里インターで降り田園広がる田舎道(広域農道)を銚子の方に下る。時々車道の両サイドに見事な竹林が広がるが、そのたびに『ジャンガルだ、ジャンガルだ』とインド人従業員たちは大騒ぎする。日頃緑一つ無い都内で寝起きをしている彼らにとり、きっと故国のヤシ林を思い起こして懐かしんでいるのだろう。


↑入念に電話で打ち合わせをする従業員Y。
その横顔はどことなくビン・ラーディンを彷彿とさせる。

彼らの事務所を出て約2時間半、ようやく食肉工場に着いた。田圃の真ん中にかなりの敷地面積で建っているそこには、大小様々なトラックが出入りしている。外観は卸市場のようでもあるが、市場にありがちな活気が感じられず退廃的な雰囲気に支配されている。従業員Yが担当係の人と電話で打ち合わせし、持参した白衣・白長靴に着替えるとドカドカと工場に入っていった。これから彼らの屠殺が始められるのだろうか。見に行きたいのは山々だったが、睡魔には勝てず私は臭い車中に残り、シートを倒して爆睡した。…
小一時間も経っただろうか。ドアの開く音で私は目覚めた。するとそこには白衣に返り血を浴びた異様な姿のビンラーディンが立ってこちらを向いて笑っている。思わず飛び起きて身構えようとしてようやく我に返った。
所要時間の割には案外短い作業時間だった。

『で、牛ってどうやって殺すの?』

私は一番気になっている質問を浴びせた。
するとかれは右手の親指を立ててそれを自らの首に当て、真一文字に空を切った。喉元を一斯きするという意味である。そのジェスチャーは、イラク戦争中にアル・カーイダ系武装団の捕虜となり殺害された外国人の映像を彷彿とさせた。




↑一仕事終えてきたY。

小一時間ほども経っただろうか。
血まみれの仕事を終えた
彼ら従業員を乗せると、私は来た道を引き返した。田んぼの中の田舎道であったにもかかわらず疲れていたせいか道を間違い、東関東自動車道ではなく成田空港の通用口に入ってしまった。昨今のテロへの過剰警護のための警備員たちが数十人かたまって車体チェックなどしている。傍らの助手席にはオサマ・ビンラーディンを彷彿とさせるYが座っているので嫌な予感がしたが、『道を間違えました』と素直に言うとわざわざ優先的にUターンさせてくれた。

翌日、私は一人また車を運転し、今度は群馬県某市にある彼ら自身の所有する食肉工場へと向かった。
前日に解体された牛をそこで小分けにし、袋詰されたものを再度都内の倉庫に運ぶためである。工場内はこれも顔見知りとなったアフリカ系ムスリムたちが数人刃物や切断機など額に汗していた。その食肉工場は小売もしていて、新鮮な牛肉を求めて付近のパキスタン人、インド人、インドネシア人などが多数集まっている。
皮をはがされた大きな牛の塊が次第にバラバラにされ、舌は舌、赤身は赤身といった具合に整然と並び袋詰されていく過程で、ようやくおなじみの牛肉の姿となっていく。このような工程は食肉解体業に従事する多くのネパール人からも聞いていたが、自らの食の源を辿るという、貴重な体験をした。次回は是非屠殺にも立ち会いたいと強く思った。


 
ムスリムによって屠殺された事を意味するハラール(HALAL)の記載がされた牛タン

posted by asiahunter at 02:00| Comment(8) | TrackBack(0) | ■在日ムスリム系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする