2006年04月10日

銀の旋律(北インド古典音楽コンサート)

4月7日、高円寺のセシオン杉並にて『銀の旋律』(悠久の北インド古典音楽コンサート)を見に行きました。
バーンスリー奏者の寺原太郎さんとシタールのアミット・ロイさん、そしてスペシャル・ゲストがPt.アニンド・チャタルジー師というメンバー。
久しぶりに生で接する北インド音楽に期待を高めながら会場に到着すると、既に会場の入口前は黒山の人だかり。私は会場まで車で行ったため、駐車場から会場までやや歩いて時間がかかり、会場内に入った時には既にほぼ約500席はあろうかと思われる全席が埋まりかかっていて、一・後方の席にようやく空席を見つけて座ったものの、あとから来たお客さんが最後方座席のさらに後ろで立ち見をするという状況でした。

コンサートが始まって間もなく、次第に高まってくるタブラーのPt.アニンド師の超絶技巧に我を忘れ見入ってしまいました。寺原さんのバーンスリー、アミット・ロイさんのシタールも素晴らしかったですが、あのタブラーの超絶技巧はトラウマになりそうな、夢に出てきそうな迫力がありました。
とてもではありませんが、私の拙い文章ではその凄さを伝えられないので、是非その音源にてお確かめ下さい。


寺原太郎+PDT.Anindo Chatterjee /北インド古典音楽CD『Air』
商品・号…ICD-1 値段2,500円



Amit Roy /北インド古典音楽CD『the birth』
商品・号…NKDD-2 値段2,500円

アジアハンターではこちらのページにて上記CDを販売しています。
(本日より「ゆうぱっく・宅配便」の代引手数料を値下げ(一律100円)にしました。さらにご利用しやすい環境を整えていますので、是非ご利用下さい)


posted by asiahunter at 16:26| Comment(0) | ■インド音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

パシュパティ

先日、友人の経営するインド・ネパールレストラン『パシュパティ』にて「ネパール音楽の夕べ」が開催された。「夕べ」とはいっても午後8時開演で終演は翌朝5時である。
 
インドに於いて音楽ライブなどは伝統的に徹夜で行われる事が多い。最近は西洋スタイルの影響からかホールなどでの演奏はある程度決まった時間内に終わる事が多いが、北インドのナヴァ・ラットラ祭(ドゥルガー女神への勧請儀礼)など伝統に根ざす音楽イベントの場合、現在でも徹夜で行われる。結婚式もそうだが、神前で何事かを執り行う場合、夜を徹して行う方が望ましいとされているのかもしれない。
 
日本での音楽イベントがそうしたヒンドゥーの伝統を踏襲しているのかどうかは不明だが、おそらく深夜まで貸切にしようが、朝まで貸切にしようが使用料金は同じで、ならば朝まで貸切った方が得だし長く楽しめるからといった単純な理由のように思える。(ちなみに『パシュパティ』では貸切/食べ放題/飲み放題などイベント・スペースとしてのご利用も歓迎しています。下記述べるようにPA機器も事前に申請いただければ貸し出し可能です。ご希望の方は私宛メールにてお問い合わせください)
 
いずれにしてもこうした徹夜の音楽イベントは在日ネパール人間でしばしば行われ、日頃の労働生活でささくれだった空虚な彼らの日々にいくばくかの潤いを供与している。
今回招聘されたのは在香港のネパール人音楽家で、私は例によってPA機器を所有するネパール人を伴って機器運搬係として参加した。聞くと音楽家とはいっても普段は別段音楽一本で食べている訳ではなく、肉体労働などに従事していると言う。香港は旧英国植民地であった関係で、英軍の傭兵として名高いグルカ兵(ネパール高地民族グルン族)をはじめ英軍関係の仕事に就くネパール人が比較的多く、日本に来ているネパール人もイギリス政府発行のパスポートを持っている人たちが少なくない。ネパールのパスポートでは非常に厳しい日本入国もイギリスパスポートならば比較的安易である。またそのような関係で、在香港のネパール人は諸外国のそれと比べて多く、飲食・小売店だけであの狭いエリアの中に200以上存在するという。特に九竜地区某に集中しているらしい。それを聞いて香港に行きたくなった。

↑音合わせするタブラー奏者
 
私は徹夜での催しに付き合うだけの体力・気力が無いので、PA機器を置いて出された簡単な食事だけいただくと、また翌朝迎えに来ると言い残してそそくさとレストランを後にした。しかし音あわせの時何気なく超絶技巧を繰り返すタブラー奏者の音色を聞いてしばし金縛られた。音あわせだからあらゆる音を出す必要があるのだろうが、あらゆる音を素早いパッセージで繰り返すその様は、普段一度はじめたらどんな事があっても眼中に入らない食事中の私の手をしばしば止める程だった。こんな人が普段は肉体労働に従事しつつ暮らしている香港とは…。この日スタッフの友人として招待された、普段全くインド音楽に接した事の無い日本人がすぐ隣に居たが、『なんであんなにたくさん音が出るの!』と心から不思議がっていた。

↑普段は在香港外国人労働者/ヨーロッパ・中東含め諸外国での演奏経験も豊富
 
上に記しましたが、『パシュパティ』ではこうしたイベント会場としてもご利用いただけます。
また平日のパートさんも現在募集中(土日含む週5-6日程度/時給850円)ですので、ご希望の方がいましたら master@asiahunter.com までご連絡ください。
場所:〒141-0022 品川区東五反田5-28-12 ワタナベボクシングビルB1F (JR五反田駅歩1分)
 

posted by asiahunter at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ■インド音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

曲名判明

ある曲のサビの部分、または数小節に妙に心奪われて一曲通しで聞いてみたいのに曲のタイトルがどうしても判らないのでCDやカセットを入手しようが無く諦めているといった経験は誰でもあるのではないだろうか。私の場合特にインド映画音楽にそれが多い見た映画そのものは駄作で印象に無いもののそこに流れていた音楽だけが妙に引っ掛かる、というパターンだ。ただこれは、仮に曲名や映画のタイトルを忘れていてもその曲にあわせて踊ったり泣いたりしている映画俳優と大体の見た年代といったキーワードで検索すれば大抵たどり着く事が出来る。
ただ私には、どうしても曲名を探し出す手がかりの無いお気に入り曲があった。
もともとその曲を知った経緯は、今から5年前の2000年のパキスタン観光旅行の際である。
ラホールにある電気街の中の音楽・映像ソフト問屋で、インドでは決して買えない激安価格で
ヌスラットのカセット・テープが販売されていた。確かパキスタン・ルピーで20Rsほどだった。
それは古典的なカッワーリーから海外でのライブ録音、果てはボリウッド映画音楽のPBまであまりにも雑多な曲たちをランダムに収めた合計20巻ぐらいの全集だった。どう考えても本人の許可を取っていない海賊版だが、そのあまりの安さに思わず衝動的に購入した。インドに戻って聞いてみるとこれが予想に反してアタリで、どの曲も素晴らしかった。価格のあまりの安さに内容のクオリティーの高さなど全く期待していなかったものの中でもカセットナンバー某番の某という曲が気に入り、事あるごとに聞いていた。某としか書けないのはジャケに記載のタイトル・曲名など全てウルドゥー語表記だったからであり、ウルドゥー語はヒンディー語との共通性から、私は会話は出来ても読み書きは全く文盲だ。とはいえ、特にそのカセットが手元にある限り、聞きたい時にただそれを聞けばいいのであって
私にとって何も曲名を知る必要性は無い。重要なのは音楽そのものであり、それに付随する諸々に対するこだわり・フェティシズムは皆無であり、曲がいつでも聴ける状態でありさえすれば、曲のタイトルやどのアルバムに入っているのかさえ知らないというケースが私の場合よくある。さてその後、インド生活から引き揚げるに至り、諸々の荷物を日本に送ったりした時、いつでも聴ける状態だったはずのこの大事なカセットテープを紛失してしまった。曲さえ聴ければというズボラなこだわりの無さのせいで外で買おうにも買えない。心許せるインド人の友人に『こんな歌なんだけど』と言って鼻で歌ってみせたが結局判らず、ただ恥ずかしい思いをしたり、この時ばかりはタイトルを調べておけば…と私は痛切に後悔した。
ヌスラットと女性ボーカルの掛け合いだから映画のサントラには間違いないが、上述の通り映画を見て買った訳ではないので映画から類推も出来ない。それはまるで杳として行方が知れない幻のようでもあり、曲名探しは五里霧中の中を暗中模索するようなものだった。…時間と共に『もう一度聴きたい』という熱い想いも消え失せていたそんな矢先、ひょんな事からその曲と再会(?)出来た。今回のインド滞在中、つけっぱなしのテレビで映画をやっていた。それは『Kartoos』というサンジャイ・ダット、マニーシャー・コイララの映画で、タイトルは知っていたが未見の映画である。見るとはなしに見ていたが、導入部のあまりのチープさに見ていられずそのまま私は横になって本を読んでいた。しばらくして妙に聞き覚えのある曲が聞こえてくる。そう、探していたあの曲が流れてきたのである。私は『ああっ!』と思ってすかさず近くの紙にKartoosと殴り書きした。そうか、このサントラだったのか・・・きっかけはふとした事でやって来るものである。翌日私は、ようやく長年捜し求めていたカセットを購入出来たのである。

 
posted by asiahunter at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ■インド音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

Crossroads Guitar Festival

 
先日、エリック・クラプトンが発起人となり、かつて自らがそうであったアル中・ヤク中で苦しむに人たちのための更正施設設立基金を集めるためのチャリティー・ライブの貴重な映像『Crossroads Guitar Festival』のDVDを入手した。

このチャリティー・ライブには、クラプトンの豊富なギター人脈を駆使して、B.B.キングやバディ・ガイといったある意味おなじみのブルースマンたちに加えて、サンタナやジェフ・ベック、果てはジョン・マクラフリン、スティーブ・ヴァイといった普段クラプトンと接点の無さそうな超一流プレーヤーたちもが一堂に会した。

さて、この多種済々な面々の中に、実はインド系ミュージシャンも出演していたのに関心を示したクラプトンファンやブルースファンが一体どれぐらい居ただろう?
何度か来日し、特にここ数年はジョン・マクラフリンと再結成した『シャクティ』のオリジナル・メンバーとしてインド内外にその名を轟かすタブラーのザキール・フセインは最も有名なインド人ミュージシャンだ。
このコンサート内では『シャクティ』としてではなく、あくまでもジョン・マクラフリンのバック・ミュージシャンとしての出演というスタイルであり、マクラフリンの演奏曲がジャズ・ドラマーのエルヴィン・ジョーンズへの追悼曲であった事から少し大人しめの演奏となっている。(とは言え、DVD未収録の曲では派手なプレイを聞かせているのかも知れないが)
尚、ジョン・マクラフリンと共にこのチャリティー・ライブに出演しているサンタナは、70年代に『魂の兄弟たち』という壮絶なギター・バトル・アルバムをリリースしたが、その表題となっている『魂の兄弟』とは文字通り同じグルを共有する信徒だからであり、そのグルとは在外インド人のシュリー・チンモイ師の事である。シュリー・チンモイには当初ジャズのジョン・コルトレーンが師事し、ジャズ系のマクラフリンがシュリー・チンモイに師事したのもこのような流れなのだろうか?他に、やはり今回のチャリテーィ・ライブに出演しているジェフ・ベックの名盤『ワイアード』でドラムを担当したマイケル・ウォルデンもまたシュリー・チンモイに師事しているのがインド好きにとっては何とも興味深い事実なのである。
 
さて、ザキールとはまた別に、このチャリティー・ライブにはインド古典ギタリストとしてヴィシュヴァ・モーハン・バットが出演している。(当アジアハンターでもインドで作成されたVCDを販売しています)
ヴィシュヴァ・モーハン・バットは単にインドでのみ活動している古典ミュージシャンなのかと思っていたが、さにあらず、ドブロ・ギターの名手ライ・クーダーのアルバムにも参加しているし、またインド音楽への傾倒の激しかったジョージ・ハリスンの流れで追悼ライブ『コンサート・フォー・ジョージ』でクラプトンとも共演しているという事を初めて知った。
DVDを観ると、インドのトップミュージシャンの音楽・演奏レベルの高さはあまり日本では省みられる事は無いように感じるが、クラプトンなどの錚々たる音楽家たちからの評価は60年代以降も一過性のものに終わらず、現在でも続いている事を如実に窺い知ることが出来て貴重である。
リラックスしながらも20弦ギターを徐々に早弾きするヴィシュヴァ・モーハン・バットの姿に、改めてインド音楽の国際性を感じた一瞬だった。
尚、演奏前にステージ上でヴィシュヴァ・モーハン・バットを紹介アナウンスをしているのが、早弾きギタリストのスティーブ・ヴァイだった事も興味深かった。

posted by asiahunter at 03:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ■インド音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする