2007年07月31日

カジュー・バルフィー


先日に引き続き、今度は別の南インド出身者(ハイデラバード)が帰郷から戻り、希望土産として指定した『スイーツ』を持参してくれた。期待に胸膨らませて箱を開封すると、そこにはインドを代表する甘味である「カージュー・バルフィー」の姿があった。


製造元は地元ハイデラバードのDadu's Mithai Vatika社。

検索しても自社サイトは持っていないようである。
甘すぎず、重みの少ない口当たりで何個でも食べられてしまう。

ちなみにカージューとは英語で言う「カシューナッツ」の事で、語感が似ている事からイギリスまたは他の欧米からインドにもたらされた食品と思われるが、現在様々な菓子・料理の材料として加工・調理され、特に北インド料理には欠かせない食材の一つとなっている。(尚、2005年現在インドは世界第二位のカシューナッツ生産国である)
カージュー・バルフィーはカシューナッツをペースト状にし、他のインドの菓子同様に食用銀紙を表面に貼り、形を菱形に整えてカットされた菓子で、カロリーは高そうである。こうした菓子を日常的に食していれば確実に太る。(個人的に実証済み)
尚、インドの菓子はこちらのページでも購入出来ます。


↑インドのミターイー(菓子)屋
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2005年12月26日

ガルワールのチョコレート・バルフィー

先日、知人のインド人宅に伺った際、珍しいお菓子を食する機会に恵まれた。

それが『チョコレート・バルフィー』である。
知人の息子さんがインドから持参してきたものである。
知人の出身地はインドのガルワール地方である。ガルワール地方はインド北部・現ウッタランチャル州北部のガルワール・ヒマラヤ山岳地帯を指し、位置的にはヒマラヤの王国ネパールとヒマーチャル・プラディシュ州ラフール・スピティ渓谷に挟まれた地帯で、その北端にはインドを象徴するガンジス河の源流地であるガンゴートリーをはじめとする名だたるヒンドゥー聖地が点在し、多くのヒンドゥー巡礼を集める場所であり、また州北西部には湖畔からヒマラヤを仰ぎ見られるナイニー・タールという風光明媚な湖があり、インド人の新婚旅行スポットとしても有名な場所がある。

また、都内のインドレストランのコックはガルワール地方出身者の割合が非常に多い。
インドではなかなか厨房に居るコックと接触する機会が少ないため、例えばデリーでガルワール地方のコックが日本のように主流なのか、もしそうだとしたらインド料理においてパンジャーブやケーララなどに比べ取り立ててメジャーではないガルワール出身者が、なぜコックとして主流なのか、これは長年疑問に思っていて、今までもガルワール地方出身のコック自身にこの疑問を何度かぶつけてみたが要領を得る解凍は得られなかった。
今回訪問した知人はコックではないが、ガルワール出身なのでまたしてもこの質問をすると
『丘陵部・山岳部が多く産業的に他州より主だったものが無く、教育的にもあまり盛んでない場所柄比較的若者は都会(この場合最も近い都会はデリーである)に出る。その際地縁的な結合が強いので比較的職種にある種の偏りが生じる。それが飲食関係となったのではないか』という話しだった。

さて、その知人が出した『チョコレート・バルフィー』だが、ガルワール地方のお菓子屋でのみ既に何年も前から販売されているものという。これがなぜ珍しいかというと元々バルフィーは日本で言うところの和菓子であり、更にカレーを見ても判るように外来の味を受け入れない、非常に保守的な食文化体系にあるインド、それもヒマラヤ巡礼地のガルワールでこのようなチョコレート味のバルフィーが存在し、食されているという事が大変奇異に思われたためである。

さて、肝心の『チョコレート・バルフィー』の味だが、弊社で販売のインドのお菓子に比べ非常に堅く、かつ予想以上にチョコレート味が薄く、ガルワール地方の人々のチョコレート観をかいま見た気がする味だった。


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2005年12月13日

グジャラートのお菓子

3週間の休暇を取って身内の結婚式に参加していたインド人IT技術者V氏一家を迎えに、先日またしても成田空港に赴いた。V氏は江戸川区西葛西の公団住宅に居住し、外資系携帯電話関連の会社にインド系派遣会社から技術者として派遣されて勤務しているという近頃の典型的な在日インド人である。
とは言え、彼の出身地はインド西部にあるグジャラート州で、マハーラーシュトラ州(州都ボンベイ)やタミルナードゥ州(州都チェンナイ)といった出身地が多数派を占める最近の技術者系在日インド系の中にあってやや少数派である。(御徒町周辺に拠点を置くジャイナ系のインド人たちも多くはグジャラート州出身だが、彼らの大半はジュエリー・ビジネスを手がけている)

V氏の日本への帰国日当日、彼らのフライトがエアー・インディアだった事に一抹の不安を覚えた私は、インターネットで成田空港のサイトを開き、到着予定をチェックした。すると当初の到着予定時刻AM8:00だったのが12時間遅れとなっている。やはり…。一度成田に着いてしまったら、とてもではないが12時間の暇つぶしなど出来ない…。非常に危ない所だった。
そして夜。愛車ハイエースを駆って成田へ一路驀進した。東関東自動車道・成田空港直前のインターである富里インターで売店に備え付けの到着時刻・電光掲示板で再度、時刻を確かめていると、エアー・インディアが更に1時間遅れる事が判明。私が今年9月に利用したエアー・インディア成田行きも6時間も遅れたし、それだけでエアー・インディアは毎回遅れるフライトといったマイナスのイメージが徐々に自分の潜在意識の中に色濃く植え付けられていくのを感じる。

V氏には成田に迎えに行く事の交換条件として必ずお土産を持ってくる事、そのお土産はインドのお菓子(ミターイー)と来年のカレンダーである事、成田往復のガソリンと高速代は実費負担する事を言明し、更に彼のインドからの国際電話でも念を押したので彼はきちんとその条件を履行していた。

一般的にインドのお菓子と言えばベンガリー(東インド・西ベンガル州/州都コルカタ)が有名だが、ヒンドゥー寺院参拝に於いて神格の供物として甘菓子が多用されたりと、一般的な食べ物よりも格上なものとして捉えられている。言わば食べ物としてのカーストが高いという事で、現在でも宗教儀礼・通過儀礼など特別な状況下に食される。これは日本のお神酒とイメージ的には共通するものである。

『口を甘くさせる』事が他者へのもてなしの条件としてことわざにすらなっているインドでは、汎インド的にお菓子が食されている。(もちろん、その頻度はベンガルが一番で、誰かの家を訪れると必ず甘い者をてんこ盛りに出されるが)インド全土、どこに行っても必ずご当地のお菓子は饗される。
インドは広大で、かつ独特の社会システムの存在によって特に一般人の地域間の交流が希薄だったため、食文化も地域によって大きく異なる。特にV氏の出身地であるグジャラート州は食に関する制約の強い地域で、州内のレストランは菜食が多く、飲酒も州法で禁じられている。
とは言え料理レベルが低いかと言えば逆で、豊富なバリエーションを並べるグジャラート・ターリー(一つのプレートの中に多くの小皿料理が並んでいるもの。尚、このターリー・プレートはアジアハンターでも販売しています)はインドを代表する料理の一つである。グジャラート料理の特徴の一つは甘味を多用する事で、中には甘いカレーも存在するためカレーを一つの固定した料理名と考えている人たちには意外に思われるが、これはカレー自体が一つの料理というよりある種の調理スタイルを共通する料理ジャンルの総称として捉えるべきである。

さて、そのような食文化体系を持つグジャラートのお菓子とは一体どんなものなのか甚だ興味を掻き立てられたので、V氏には『お菓子をお土産に』と念押ししたのである。





↑カージュー・キ・バルフィー
カシューナッツが入ったゼリー状の半生菓子。
ゼリー状の生地は実際にゼリー味に近いモッチリとした食感・味覚。






↑ミント風味の板状のバルフィー。
ミントの香り(臭気)がやや強く、好き嫌いが分かれそうなクセのあるお菓子。
西インドで主に食べられているお菓子である。





↑普通のバルフィーだが、形状がスイカを模した可愛らしい一品。
伝統的なインドのお菓子業界だが、トレンド(?)や嗜好を意識したこうした品も開発されているようである。

以上、外国人である私を想定してかあまりローカルなお菓子である感じを受けなかったが、いずれにしてもインド風味を堪能した一夜だった。
※尚、アジアハンターでもこうしたインドのお菓子を販売しています。
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2005年11月07日

プーナの塩菓子

ここ数年インド系の技術系サラリーマンの流入が極めて多くなっている。
その多くは江戸川区の西葛西や市川市の行徳・妙典などに集中していて、アパート一棟全ての部屋にインド系住民が居住しているといったケースも珍しくない。特に西葛西の清新町などには数十戸ある公団住宅のほとんどがインド系有名IT企業の従業員が居住しているケースもある。
ベランダにいかにもインド人男性が愛用しそうなこげ茶色のブリーフなどの洗濯物が風に吹かれていて、昼間勤めに出ている若夫婦の変わりにその母親らしき太ったサリーの老婆が幼い子供を抱っこしながらブラブラ周辺を行き交っていて、異国情緒というよりインド情緒溢れる街並みとなりつつあり、インド・マニアとしては思わず金縛られる一瞬である。

↑インド人IT従事者が多く居住する清新町の公団住宅。

もちろん腰を据えた妻帯者も居住しているが、私が個人的に付き合いのあるインド人たちは短期滞在の独身者が多い。彼らは場合によっては同郷の者、同じ勤務地同士の者で共同生活している場合が少なくなく、またニュー・カマーのインド人技術者社会は圧倒的に男社会であるため(女性のインド人技術者も中には居るが、非常に少数派でありなかなか出会いのチャンスが少ない)、同じ男同士、暑い夏などはランニングにパンツといった異性の前では難しいスタイルで気軽に付き合えるのでどうしても付き合う相手に偏りが生じる。(日本人でもなかなか結婚してしまうと疎遠になるのと同様である)


↑インド・プーナ出身者で共同生活しているインド人技術者が居住するアパートでの食事風景。日本の貧乏学生を思わせるシンプルな生活をしているが、その勤務先は有名外資系企業ばかりである。

そんな彼らは割と居住地の移動が激しく、そんな時は私のトヨタ・ハイエースが活躍する事となる。
今日もまた、そんな彼らの一人から電話があり出動した。簡単な手荷物程度の荷物を部屋に運び込んだ後、彼ら持参の塩菓子を食べながら雑談。

皿の下部は乾燥米を中心として豆と塩で味付けした塩菓子『Chiwada(チワラー)』。
向かって左は小麦の揚げ菓子(塩で味付け)の『Chakali(チカーリー)』、
向かって右は粉砂糖をまぶした柔らかい歯ごたえの『Shakkar Paaraa(サッカル・パーラー)』である。(サッカル=サッカリン=砂糖。ヒンディー語では砂糖は『チーニー』と言うが、マハーラーシュトラ州では『サッカル』と言う方が一般的のようである)
全ては彼らの故郷であるマハーラーシュトラ州プーナから手運びで持参した貴重なローカル菓子である。彼らとヒンディー語で会話しながら、ボリウッドの最新ヒット曲をラジカセで聴きつつインドの塩菓子(ナムキーン)を食べていると、日本に居る事を忘れ、あたかもインドに居るかのような錯覚に一瞬でこそあれ陥る事が出来る貴重なひと時である。


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2005年06月06日

インドのお菓子2

先月、日本経由でサンフランシスコに嫁いだ妹を訪ねるため、インド発サンフランシスコ行き・トランジット(途中降機)で成田に降りる、というインド人の友人を迎えに成田まで行った。
インド出国一日前になって『何か欲しいお土産は?』と唐突に聞かれた私は、あまりの唐突さに戸惑いつつも、短いインド出発時刻までの時間を計算し、「ミターイー(インドのお菓子)であれば市内に無数にあるからすぐに買えるだろう」と踏み、また個人的にも大好きでもあるので
『2キロばかし、バルフィーやスイートをミックスで買ってきて』
と電話口で思わずリクエストしていた。我ながら悪くは無い判断だ。

幣サイト(アジアハンター)で販売している缶詰入りの「グラーブ・ジャンムーン」や「ラス・グッラー」、または日持ちのする「ソーンパプリ」といったお菓子の他は比較的半生状態のバルフィーなどは扱っておらず、インド料理屋ではある程度のグレードの料理が堪能できるようになった昨今、インドの何が懐かしいといって「ミターイー(お菓子)」程懐かしいものも無い。

従って成田空港到着ロビーで友人の姿を発見するや否や
『お菓子は?』
との第一声に先方はやや気を悪くした面持ちであったが、預かった手荷物のずっしりとした感触に、一国も早く自宅兼事務所へ持ち帰り開封して口の中にほお張りたいという衝動の前に唾液の分泌を抑えがたい私がそこに居た。

自宅兼事務所の狭苦しい室内で早速バッグの中を開けると、意外や意外、インド菓子業界のリーディングブランドとして全インド的にその名を馳せる「ハルディー・ラーム社」の菓子箱に入っている。
私はてっきり、時間の無さから二流三流の場末のお菓子屋で適当に見繕ったものとばかり想像していたのだ。
一品一品検品してみるとまず、以下のようなバルフィーが入っていた。


↑上記の三つがバルフィーである。
その原料・素材によって呼び名が異なる。一番下のものはダールを主原料としている事から
「ダール・キ・バルフィー」と呼ばれる。


↑また、ハルディーラーム社の代表格「ソーンパプリ」も持ってきてくれた。
ただし、ハルディーラーム社のソーンパプリはアジアハンターでも販売しており、まだ在庫もあるので
今ひとつ心から喜べない自分が居た。


↑また、友人はJAL機内で出されたバルフィーも持ってきてくれていた。
カボチャ(?)で作ったバルフィーという。甘さもしつこすぎず、日系航空会社にしてはなかなかな味といってよいだろう。

基本的に「グラーブ・ジャンムーン」といった生菓子も欲しかったが、途中で劣化する事を恐れた友人は自主的に持ってこなかった。インド在住時代、街中で店や屋台を目にするたび、事あるごとに買っては口にしていたお菓子なだけにやや物足りない気分ではあったが、久方ぶりに口にする濃厚で芳醇な味わいを3,4日堪能する事が出来た。

今後、在日インド系が増えるに従ってこうした菓子製造業も誕生していく事だろう。(一部北関東のパキスターン系食品製造業者がこうしたものの製造に手を出してはいるが、質的に舌の肥えたインド人一般に受け入れられるのはまだ難しい段階のようである)
基本的に飲酒習慣の少ないインドでは、特に女性など菓子への嗜好・依存が高い。
またインド人へのみやげ物として最も喜ばれるものの一つが、この甘い菓子である。
ヘタに日本の名物など持っていくより、近所のちょっと名の知れたスイート・ショップでバルフィーの詰め合わせ2キロでも包んで持参すれば、少なくとも嫌な顔をするインド人は居ないはずである。


posted by asiahunter at 22:14| Comment(3) | TrackBack(0) | ■インドのお菓子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月07日

インドのお菓子

勤務先のインド人社長が先日インドに里帰りし、
かの地からインド・スイーツをお土産に買ってきてくれた。 

インドはイスラム教の強い影響で酒に対するタブー視が強く、かつ
古来より牛に対する神聖視が強く、乳製品を殊のほか日常食生活に
取り入れがちな傾向がある。
酒を飲まない事と甘いものを摂取する事の科学的な相関関係は判らないが、
酒を飲む人は基本的にあまり甘い菓子を食べないし、逆もまた逆である。
私も多量に酒を飲んでいた頃は甘い菓子への志向は皆無だったが、
酒量が減るのに比例して甘い菓子への抵抗感が薄まり、
インドに行った当初は見ただけで気持ち悪くなった甘い(甘すぎる)インド菓子が
近頃では本当に美味しく感じられるようになった。
人間の味覚とはいい加減なものである。

社長からもらったのはバルフィーと呼ばれる、インドではよく見かける
牛乳をベースとした甘菓子である。
菓子の表面には食用銀紙が貼られている。これは菓子に高級感を
出すためで、インドの少し高級な菓子屋の店先に出している
ガラスのショーケースには大半の菓子に貼られているデコレーションである。
当初はこれも抵抗があったが、次第に慣れてきて、最終的にはその銀紙が食欲を
そそるようになる。

味は牛乳の味と糖分が相まって非常に濃厚。
口に入れると独特の風味が広がり、ジワジワと甘味がその後を追う。
例えるならコンデンス・ミルクを固形にしたものと言えば想像がつくだろうか。
但しそれだけだったら甘すぎるものをカルダモン系の清涼感のあるスパイスで
その甘ったるさを中和させている。インド料理は正にスパイス料理であるが
こうした菓子においてもスパイスは重要な役割を果たしているのだ。

インド人は客人を招いた時、結婚式の時など、折りに触れてこうした濃厚な甘菓子を
振る舞い、口にする。そのせいか、インドは糖尿病大国でもある。

posted by asiahunter at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ■インドのお菓子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする