2017年06月29日

【インドネシアのインド系】メダンのスィク教徒移民


メダンに於ける最古のグルドワーラーSri Guru Nanak Dev Jiへ。
この寺院はマリアンマン寺院のすぐ隣に建てられている。








参拝に来ていた美人姉妹。お姉さんの方が併設の学校を卒業したという。


キールタン吟詠奏者。こうした寺院労働者は数年ごとの契約でインドからやって来ている。


掲示板の表記は既に移民第一世代から数えて3〜4世代目なのだろうがいまだにパンジャブ語で記述されている。

中は広く立派な造りで複数の奉仕者の方々が朝の早い時間からランガルの準備や掃除などをされていた。共食の場も広く厨房も使い込まれた巨大な鍋や鉄板があって興味深い。













ちなみにこのグルドワーラーではある種の互助団体のようなグループが機能していて子供の教育などの活動を行っている。日曜学校で自分たちの子息にパンジャブ語のクラスも開いている。こうした互助団体はスィク教以外にもヒンドゥーやムスリムのものがメダンやジャカルタなどインドネシアの主な街に存在するという。





〜〜〜メダンに於けるスィク教徒移民略史〜〜〜
1920年代には既にメダン及びビンジャイBinjaiには相当数のスィク教徒の移民が存在してした。メダンに於ける最初のグルドワーラーSri Guru Nanak Dev Jiは1911年にマリアンマン寺院のすぐ隣に設立された。北スマトラ内のイギリス所有のプランテーション労働者として、また守衛などの仕事に就いていた。多くのスィク教徒の出身地はアムリトサルやジャランダール周辺からであった。第一次大戦頃までの初期のスィク移民の形態は独身で6〜7年移民労働をした後に故国に戻り婚姻し、妻を伴って再度インドネシアに来るというパターンだった。その後のスィク人口増大に伴いインドネシア国内でも婚姻するケースも増加した。

尚、メダンにはSri Guru Nanak Dev Ji以外に
Gurdwara Guru Arjan Dev Ji
Gurdwara Misi Shree Guru Tegh Bahadur
Gurdwara at Kampung Anggrung

という3つのグルドワーラーが存在する。
メダン以外にスィクの多い街はBinjaiSiantar(ともに北スマトラ)である。
posted by asiahunter at 00:00| Comment(0) | ■世界のインド人街から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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