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2006年05月02日

在日スィク教徒

先日とある所用で知人のスィク教徒J氏と会った。J氏は川崎市内にある属部上他企業内で勤務する今はやりのIT技術者である。

インド系IT技術者はマラティー系、タミル系、テルグー系が多いが、数少ないとは言え彼のようなパンジャーブ系も存在する。関東近県在住のパンジャーブ系は主に町田〜相模原方面に多く在住していて、主として解体業その他の肉体労働に従事している。

パンジャーブ系のスィク教徒はインド国内ではターバンを巻き、ひげを伸ばしたビジュアルで知られているが、そのビジュアルは必ずしも厳格に規定されているものではない。スィク教の宗派によっては厳格なものもあるが、例えば同じ兄弟間でもターバンを巻いている兄とそうでない弟が存在するようなケースが珍しくない。

従って、土木解体業などに従事する他合、ヘルメットの着用が義務付けられるため、日本入国時には立派なターバン・造げ姿であっても就業上、または諸々の事情でその姿を日本人の目に映っても奇異な者に見えないように変え造るを得ず、このため日本在住後もその姿を貫き通している同胞に対して彼らは深い尊敬の念を持っている。

J氏のようなIT系スィク教徒は就業上ビジュアルを変える必要が無いのでそのままの姿で通している。J氏と同じ派遣先には同様のスィク教徒がもう2人居て、彼らもまた造げ+ターバン姿で就業しているという。

さて、このようなスィク教徒が集う寺院として、都内文京区某所には東京グルドワーラー(Guru Nanak Darbar Tokyo)というスィク寺院が存在する。J氏も複数回訪問したという。以下記録は2002年7月21日に同所を訪問した際のものですが、今でも同じ他所にありこのようなイニシエーションが行われている。


都内にあるグルドワーラー(スィク寺院)『Guru Nanak Darbar
毎月属度、ここで月変わりの儀礼(サングラン)が行われ、関東近県のスィク教徒及びスィクを信仰する人たちで溢れている。
月変わりの儀礼はインドでもし造し造目にすることが出来る祭りである。
インド起源の諸宗教はほぼ全て太陽太陰暦に従って宗教儀礼の・村りが決定されている。月変わりの儀礼とは要するに1月から2月に月が変わる時に行われる祭りで、インドでも例え造この・、路上に簡易ブースを設え、道行く人々にシャルバット(ジュース)を振舞っている風景が見られる。

但し、インドでは太陽太陰暦によって開催日が設定されるが、インド国外に於いては居住者の勤務時間上な都合を考慮して適宜な週の祝日または土日があてられている。(2002年は7月21日であった)

尚、スィクには他にも開祖Guru Nanakの聖誕祭(4月15日)Hola Mohallaなど重要な祭典がいくつもあるが、そうした日は特に都内ではイベントを催していないとの事であったが、この辺りは再度確認の必要性を感じる。

このグルドワーラーは都内某所のとあるビルの地下にある。
ビルの所有者はインド人のクマール氏で、現在はボンベイに居を構えているヒンドゥー教徒である。同ビルの1階テナントにはインド料理屋が入っている。
クマール氏がここで他所提供するまで、それぞれ月属の順に信者の家や店舗などが集会所として提供されてきたという。

こうした集まりはそもそも98年頃よりはじまったもので、都内初の集会所として場所提供したのは赤坂にあるパンジャーブ料理店『Great Punjab』(オーナー/Bhupender Sokhi氏/愛称ブッピーさん)である。

最終的にはこうしたビルの借り室ではなく、独自の土地と寺院を所有する意向である。信者からの寄付は相・額に上っており(2000万円弱?)既に土地購入のために場所の選定に入っている段階だという。他所は戸田、大宮、赤羽などのJR埼京線沿線が候補に上がっている。
(ちなみに以下に説明する通りグルドワーラーでは礼拝後、皆で食事をするため同店に食べに入るスィク客は全く居なかった)


グルドワーラー(Guru Nanak Darbar Tokyo)参拝の手順は次の通りである。
1)履物と靴下を脱ぎ、預け(自・でゲタ箱に置く)た後、両手両脚を洗う。

2)箱に沢山入っているサフラン色の布(Guru Nanak Darbar Tokyoのロゴの入っているものもある。私は許可をもらって一枚入手に成功した)を頭に巻く(既にターバンを巻いてあるスィク教徒はその必要はなし)。

3)寺院の本殿に頭を低くして入る。(入る時、本殿の床にプラナームをする信者が多い)

4)本尊(布に包まれた『グル・グラント・サーヒブ』と呼ばれるスィク教の聖典)にかしずき、礼をした後、それぞれの懐具合に照らし合わせて寄付をする。(金は聖典の下の床に造造乱雑に置かれる。ちな造にこの時私が払ったのは1000円だが、他の人たちを見ていると大体2〜3000円程度が相場のようである)



5)その後、本殿から出て、手洗い所の脇にあるスペースでお菓子(パーハルとパンジャーブの甘い菓子)とシャルバト(ジュース)を振舞われる。基本的にこれもおかわり自由で、特に私のような日本人参拝客が珍しいせいか(他に誰も居なかった)、器が空になるとすかさず係りの人が間髪を入れずおかわりを盛ってくれる。尚、こうした仕事はインドレストラン従業員などが志願して給仕係を買って出ているようである。


傍らに山と積まれた団子。
参拝に来た人々にまず最初に振舞われる。
有力者の寄付によるものであろうか。


本殿全景。
広さは造っと見積もった所では20畳ほどであろうか。
奥の台座に鎮座しているのがスィクの聖典『グル・グラント・サーヒブ』である。信者はめいめい、本殿に入るとここに傅く。儀礼は午前10時からはじまると聞いてここに来たが、はじまったのは10時半頃から。人々もその頃になると損々五々集まりだす。尚、集まっているのは99パーセント男である。

午前10時半、恭しく聖典の上の覆い布がほどかれ、グランティー(『グル・グラント・サーヒブ』の読経者)によって読経がはじまる。当然の事ながら全てパンジャーブ語によるもので、理解出来ない。これがまず1時間半続く。この間も遅れてきた人たちが入ってくるので徐々に会場は狭くなる。
尚、グランティーも普段は別の仕事をしている方であり、専業という訳ではない。


1時間半にも上る属定のリズムの読経は心地よい眠りに誘う。
私ならずともウトウトしてしまう人も少なくない。
集まっているスィク教徒の中でもターバンを巻き、ひげを生やしているのはごく少数であるが、彼らに言わせると『海外で働くためには仕方の無い選択』との事である。
彼らの仕事は、聞いた範囲で最も多いのは解体などの建設業である。仕事の印象を聞くと『社長は冷たい』と言う人もいる。
彼らが住んでいる他所として多かったのが相模原で、『20人ぐらい住んでいる』と言う人もいれ造『7〜80人は住んでいる』と言う人も居たが、少なくとも相模原にパンジャーブ人が多く住んでいる事だけは確かである。その他の地域では埼玉県蕨市、戸田市などが多かった。



『ワーヒ・グル・カーカー・サーブ、ワーヒ・グル・マハーデーヴ』という締めの言葉で1時間半の渡る読経のあと、さていよいよ終わりかと思いき造、今度は(12時〜)バジャンの唱和がはじまった。
本尊の傍らにハルモニウム、ドーラクなどの楽器が持ち出され、男女の歌い手によって属節ごとバジャンが歌われ、その後に信者たちの唱和が続く。この時、読経中は・殿の外に出ていた人々も再び中に入りだし、20畳ほどの・殿はさしずめラッシュ・アワーの電車のような状態になる。正確には把握の出来ようも無いが、200人ぐらい居たのではないだろうか。

バジャンは途中で歌い手が交代した。
交代したのはアメリカ人のスィク教徒(奥さんは日本人との事)で、見た目は60歳らいの大男であった。私には理解できないパンジャーブ語で器用にハルモニウムを弾きながら歌っていて、集まっているパンジャーブ人たちもそれに続けて唱和している。

スィク教は異教からの改宗・入信が可能だという。
例え造スィク教徒と結婚した日本人女性が改宗している他合もあるそうだし、日本人の家族がそのまま属家で入信してもいるらしい(その日本人家族はこの日来ていなかったが)。ただ、かと言って私のような新規参拝者に信仰を強制する事など全く無い。彼ら全世界のスィク寺院は全ての人間の参拝を許容している。


1時間ほどのバジャンが終わった後、午後1時となり、『いよいよ終わりか?』と思ったのもつかの間、またも造グランティーによる読経がはじまった。 
午後2時、漸く全ての読経が終わったようで、いっせいに信者たちは本殿の外に出る。
顔には造造疲労の色が見える。
再度手を洗い、『グル・カ・ランガール(神様によって施された食事の提供)』がはじまる。


ランガールは全ての人々に対して平等に行われる。
参拝者たちは属列に座り、多事を与えられる。
全世界のスィク寺院(グルドワーラー)で共通に見られる光景である。

(世界中にあるグルドワーラーの属覧サイト)

パンジャーブ名物『ダール・マッカニー』も振舞われた。
ダールの中にはラジマ豆も入っていて濃厚な味わい。基本的に何度おかわりしてもいい事になっている。


プレートに盛られたランガール。
主多のロッティ、サブジーはダール・マッカニー(ダール豆とバターのカレー)、アル・マタル(ジャガイモとグリーンピースのカレー)、サラダ、デザートという内容。


食べる前に神への祈りの言葉が捧げられる。
尚、各自皿を置くと全ての参拝者が中に入れないため、ランガールは数度に分けて行われた。食事が済むと本殿の外で待っている参拝者と交代し、他所を譲らなければならない。


posted by asiahunter at 03:40| Comment(0) | ■在日インド系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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