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2005年11月25日

食肉廃棄工場

以前このブログ上で紹介した『食肉工場』は、在日ムスリムの手によって食用牛が屠殺されるシーン、つまり食肉の導入部を紹介した訳だが、今回ここで紹介するのは言わばそのエピローグである。
それは食肉店舗などで販売されている生肉を購入し、胃袋に収めて終わりという一般的なエピローグではなく、普段まず目にすることの無い食肉解体で必然的に出る牛の残骸破片を処分する過程である。

舌から胃袋・尻尾までと、牛は余すところ無く食せる利用価値の高い食肉であると一般的に認識されている。とは言え、蹄や目玉、外皮、骨、角など食せない個所などは必然的にゴミとなり処分される。こうした破片を見る機会は一般的な日常生活の中ではなかなかお目にかかれず、全く意識することなく当たり前のように牛肉を消費する。



たまたま私も、ハラール食肉販売を手がける在日ムスリム社長のバンが突然火を噴いてエンジントラブルを起こし、一度だけこうした破片処分の片棒を担ぐという経験が無ければ、そうした事を全く意識することなく牛肉を消化し続けていただろう。
千葉県某市でハラールの教義に従ったやり方で屠殺された牛は、その後冷蔵車で社長所有の群馬県下の食肉加工工場に運ばれ、数人のアフリカ人ムスリム従業員によって細かく解体・各パーツごとに真空パックされたり袋詰されたりする。その際出る残骸破片は片隅のプラケースの中に無造作に放り込まれる。このプラケースが工場の片隅に置ききれず公道にはみ出さんばかりとなってようやく、社長の臭いバンにギュウギュウに積み込まれ、食肉廃棄処理工場まで持っていかれるのである。



↑牛の残骸破片

この山のようなプラケースが一杯になるまで、一体何頭分の牛を処理したのかは従業員のアフリカ人(ギニア人)に聞いても定かではない。(というより日本語自体あまり通じない)
社長のバンがエンジントラブルとなり(原因は積載量オーバーである)、代わって私の車でこの山のような残骸破片を処理場に運んで欲しいと言われた時、その残骸の異様な形状と独特の臭気に車を出す事にかなり躊躇・逡巡したが、処理場までの距離が短い事とその処理場そのものへの興味が私を突き動かし、気が付くといつしかアフリカ人二人を乗せてハイエースを走らせている自分が居た。

社長の工場を出たのは夕刻であったが、次第に鮮血のような濃厚な夕焼けが群馬の空に広がったかと思うと、処理場に到着した頃には既に日はとっぷりと暮れていて辺りは墨汁のような闇が広がっていた。横に座るアフリカ人の顔色が全くわからなくなる。彼らの行き先指示通りに車を走らせ、たどり着いたところは正にゴミ焼却場のような無機質な処理場だった。アフリカ人に指示された個所に車を止めると、そのすぐ脇に何か大きな塊がある。よく見ると成牛の死骸が無造作に転がっている。長年居た世界一の牛所有国インドでも人間の死体を目にした事はあっても(インドの河端では野天で火葬しているため)牛の死骸は見たことが無く、よくよく考えてみると生まれて初めて死んだ牛の姿を見た事に気づき、感慨深いものを感じた。


↑搬出作業をするアフリカ人従業員




アフリカ人二人が長靴・作業着に着替えると、車の後部ドアから慣れた手つきでプラケースを運び出し、適当な場にひっくり返していく。私も手伝おうかと一歩車を降りるとコンクリの地面がズルっと滑る。暗闇の中で目を凝らすと黒く変色した牛の血液が地面一面を覆っていた。アフリカ人二人も慌てて「出てこなくていい」と言う。




しばらく車の中でタバコなど吸っていると私の車の後ろの方に荒々しい運転でダンプが後ろ付けされた。すぐに荷台を上げて内容物を地面にひっくり返す。すると5,6頭の死んだ牛がゴロっと音を立てて落ちてきた。病気か何かで死んだのだろうか。それをショベル・カーやフォークリフトなどで慣れた運転で処理口まで無表情で運んでゆく職員。普段美味しいと食している食材の別の姿をかいま見る事が出来、何かしら深い感慨に耽ったひと時であった。


posted by asiahunter at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ■在日ムスリム系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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