2015年07月27日

第一回タカリ料理と舞踊を楽しむ会@大森・タカリバンチャ

大森タカリバンチャ主催による、伝統的タカリ料理を食べ、タカリ舞踊を楽しむ会に参加。
店主ディネーシュ氏は自らのタカリ族としてのアイデンティティを料理に結び付けて他店との差異化による特徴づけを図り売上につなげるべく、日々色々と画策している。当初別スタッフ製作によるタイ料理なども掲載していたメニューを一新し、只今タカリ料理を中心としたメニューも鋭意製作中。この料理イベントもそうした彼のタカリへの情熱の一環から企画されたものだった。





当日はタカリ族ですら現在既に一般的でなくなった伝統的なタカリ料理が数々並んだ。とりわけトクトクという小さなディロのような料理が、素朴でいかにもチベットに近いタカリの食べ物という印象だった。他にジャガイモ(アル)とインゲン(シミ)を使ったアルシミ・スクティ、米粉で作った祝膳には欠かせないセルロッティも登場。それからチャンも美味い。これは多分都内ネパール料理屋中一番美味い印象。









【タカリ族の料理】
タカリ族に関して詳述した書籍 飯島茂著『ヒマラヤの彼方から』によると、タカリ族の居住地はインドとチベットの交易路上にあり、行商人などが宿泊して食事するバッティ(簡易旅館)が古くから発達し、特にここで提供される酒・料理はタカリ族の主婦の主たる収入源となったため、タカリ女性による料理の実力があがり、ネパール随一と言われるようになったという。その後時代と共に、バッティはトレッキング宿になり、客は行商人から外国人観光客/トレッカーへと変化する。







先日、プルジャダイニングでネパール語の野津先生と話していた際、カトマンズ中心部などにタカリ料理と称したレストランが急増したのは、90年代に山村部で猛威をふるった毛沢東主義ゲリラから逃れた山地のタカリ族などがカトマンズに流入したからだという興味深い話を伺った。それまで山村部でトレッカー相手のレストラン付のゲストハウスなどを経営していたタカリたちもカトマンズへと難を逃れるようになり、特に2000年以降カトマンズにはタカリ料理屋が急増しているという。







更に今日は店主ディネーシュ氏から2000年代に入り、主に日本などの出稼先から戻ったタカリ族や日本からの送金が増え、投資対象としてこの種のレストランが増えていったという興味深い説も聞いた。厳格化する日本の滞在許可申請や入管による超過滞在者の摘発などがタカリ族を含むネパール人の帰国を促し、そうした中からカトマンズの飲食業へと投資する流れがあるらしい。
posted by asiahunter at 11:20| Comment(0) | ■在日ネパール系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする