2015年05月25日

富山紀行vol.3 富山モスク訪問



食後、DILで食事していたイマームが居る富山モスクへお邪魔した。コンビニ居抜きのような外観のモスクで、言ってた通り子供達にコーランを開いて教鞭していた。彼によるとムスリムの子供達は約38人が地元の小・中学校が終わったあとここに通っているという。周辺に居住しているらしきムスリムの父兄が車で子供を送り迎えしている。





金曜なので子供達以外にも次々にナマーズにパキスタン人が訪れている。当然の事ながら中古車業者が多く、以前はロシア人は日本製の中古車とあらば何でも買っていたが、最近はロシアは景気が悪いし税制改正で5年経過の中古車は税金が高くなり商売あがったりだという。

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2015年05月24日

富山紀行vol.2 DIL訪問

カシミールでビリヤニを食べ満腹になったものの、せっかく憧れの射水市まで来ているのだからなるべくいろんなお店に行きたい、という事でランチをハシゴすることにした。
カシミールから同じ富山高岡バイパス上(8号線)にある富山県射水市のDILへ。





昼の遅い時間帯に行ったら先客が一人だけ居た。ハッジ帽子をかぶった近くのモスクで教育係をされているカラチ出身のイマームで、額には祈りタコが出来ているヒゲの長い敬虔な外観。来日3年だが殆ど日本語が出来ない。こちらがウルドゥー語(ヒンディー)が分かると熱心に教義についての話が始まる。



そのイマーム然とした姿に思わず写真一枚いいですか?と聞いたらダメだという。パスポートや免許など最低限しか写真は撮らないらしい。通常は自炊することもあるが外食の場合は美味しいから大体DILで食事するという。いろいろと話が盛り上がったので後でモスクにも立ち寄ることにした。



5時間煮込んだという金曜メニューのニハリとナーン。柔らかくて食べ応え充分。やや青唐辛子が多く入っていたものの素晴らしかった。



コックさんは北インドのガルワール出身。他にも厨房で勤務しているのはガルワール出身者のみで、ネパール人コックは居ないらしい。多くのパキスタン系のお店には少なからずネパール人従業員を雇用している所が少なくないが、パキスタン系のお店は雇ってもせいぜいインドのガルワールどまり、という店もあり、そうしたところに独特のこだわりを感じさせる。



名前が白鳥さんというイケメンの日パのハーフの二代目オーナーさんがレジをされていた。毎週金曜はパキスタン客で忙しいので応援に来る。射水市内の他のパキスタン店オーナー同士の仲は良く、最近出来たホットスプーンなどとはお互い貸し借りする仲だという。そのホットスプーンにはディナー時に伺うことにした。
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2015年05月19日

富山紀行vol.1 カシミール訪問

先日、たまたま長野県の木曽山中に就職するネパール人がらみの仕事を依頼された。翌日・翌々日も仕事は運よく入っていない。なかなかこんな機会もないので、前々から憧れていた富山県射水市に無理して足を伸ばしました。目的は当然の事ながら在住パキスタン系飲食店での食べ歩き、そして食後の営業です(笑)







長野の善光寺に参拝後、長野インターから入って黒部・立山を迂回するように新潟の糸魚川あたりをグルっと回って富山に入る。直線距離だと近く感じるが、迂回するので約200kmほど。とはいえ5月半ばの山々はまだ残雪があり、ヒマラヤとのデジャブ感を楽しみつつ快適なドライブ。右手には日本海も見えてきて旅情あふるる。

射水市に着き、手始めにダンチュウにも掲載されたカシミールへ。プレハブを利用した建築現場チックな建物は、予備知識がなければ一瞬レストランとは分かりにくい。







ランチのチキン・ビリヤニをオーダー。金曜だからという訳ではなくビリヤニはレギュラーメニューだとウエイターのネパール青年(ポカラ出身)が教えてくれた。







ランチ時にはメインのアイテムと共にサラダと少量のビリヤニとタンドリーチキンをサーブしている。カレーとナーン(ナーンはお代わり自由)の場合、ちょっとビリヤニを味わえるのでメリットが大きいが、メインがビリヤニの場合は写真のようにカブるのが奇異な印象。逆にカレーにしてくれればありがたいのだが…



尚、ライタは付いて無いと言うので、何か代わりをと言うとミントチャトニーをくれた。ライタではないが、これはこれで美味しかった。

現在では複数存在するパキスタン系の飲食店の中でもカシミールがこの辺りでは最古参で、創業16年。当初は近隣で働くパキスタン人のための弁当屋からスタートしたらしい。



厨房・ホール含め従業員は4人、うちパキスタン人1人ネパール人3人バングラデシュ人1人という構成。名古屋市にも支店があり、ネパール人などは最初名古屋で勤務していてこちらに来たらしい。



パキスタン人(パンジャブ州出身)のコックであるシャヒード氏が創業時(16年前)からの勤務。ネパール人などは比較的新しい。シャヒード氏は長く日本に居住しているムスリムにありがちな非常に穏やかな方で、偏狭なところのまるで無い方だった。ともすればウルドゥー風に話してても必ずヒンディー語が混じってしまうが、こういう人が相手だと間違って『ダンニャワード』などと口をすべらせても安心していられる。





ネパール人従業員に聞くと、射水市にはネパール人が少なく、せいぜいこの手の飲食店で働いている程度ではないかという。一方、富山市などには専門学校などに通う学生などもいて割とネパール人もいるらしい。

食後お手洗いに行くと、そこは建築現場によくある簡易式のトイレだった。母屋がプレハブだけにこれは想定の範囲内だが、よく見るとしゃがむ足元にそれ用の蛇口が接続されており、かつバケツではなくジョウロが無造作に置かれている。そういえば20年前、パキスタン〜イランを旅した時、インドでは小さいバケツだったそれが、いつしかジョウロに変わった記憶がよみがえった。こんなところにもインドとの差異がある。(ちなみにインド式のバケツはアジアハンターで扱っています)



「ダンチュウ」の影響で日本人客が増え、かつてはパキスタン人客がメインだったのが逆転したらしい。実際、入店時には地元のヤンキー風男女や推定70オーバーの老夫婦など、都内の店ではあまり見ない客層だったのが興味深かった。
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