2013年10月30日

御徒町ディワリー2013

数年前から行きたいと思っていた御徒町のジャイナ教系コミュニティのディワリーに行く機会を得た。以前確認した限りではドレスコードがあったり紹介が無ければ不可だったりなど、jainコミュニティ内のごく限定的な集いであり、当然ながら外部の者ましてや日本人など部外者であり全く彼らの眼中にない。外部の者にしたら他のインド系ディワリー・イベントに比べ比較的閉鎖的で入って行きにくい印象、従って行われているのは数年前から知りながら、なかなかその内部を垣間見る機会は得られなかった。今回御徒町で商売をする知人(インド人)を介してたまたまイベントのチケットを入手出来たので、初めて御徒町ディワリーを見ることが出来た。



台東区のラ・ベルオーラムという大きな結婚式場の地下2Fが会場となる。ここに着飾った主に宝飾系のビジネスに従事するジャイナ教系インド人が数百人集まり、インドから招聘した芸能人などのステージプログラムやケータリングの食事を楽しんだ。子供がステージに上がったり、当初は大人しく聞いていた聴衆も飽きて立って移動をはじめたり私語がデカくなったり勝手に踊ったりというグダグダ感が、インドのイベントらしくて雰囲気がとてもいい。 日本では普段あまり目にする事の無いゴージャスなサリーやパンジャービーの女性たちも多く思わず目を奪われる(御徒町のジャイナ教系インド人はリッチな人が多い)。ちなみにアンビカの社長一族なども来ていてご挨拶した。



ちなみにディワリーの祭日、北インドのヒンドゥー教徒はラクシュミー女神に対するプージャを行う(ちなみに2013年は11月3日の18:02〜20:35がラクシュミー・プージャーの時間とされている)。この祭りは北インドのヒンドゥー教徒の祭りだが、同様に北インドに分布するジャイナ教徒やスィク教徒にとっても祝日としてイベントを行う場合が多い。ただしラクシュミーがヒンドゥー教神格であることから信仰的なイベントではなく、感覚的には日本人がキリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うのと近いだろうか。従ってステージ上にラクシュミー女神像などは当然ながら無い。



尚、ディワリーを大きく祝うのは北インドのみで、南部4州では同じヒンドゥー教でも非常に小規模に祝われるらしい。たまたま本日バンガロール出身のインド人と話す機会があったのでその理由を聞いてみたら、ビジネスに熱心な北インドで強く信仰されるのが富の神ラクシュミーだが、南インドではビジネスよりも哲学や教養などを優先するからラクシュミーへの儀礼のプライオリティが低いのだ、と語っていたが、これはおそらく間違いで、そもそも地方宗教の集合体であるヒンドゥー教の中で、ラクシュミー女神の出自が北インドだったのと、ディワリーは収穫祭の側面もあるがそもそも北と南で収穫時期が異なるからなのだろう。

さて、当日仕事で遠くまで行っていたため遅れて会場に着いたので、既にステージ上ではインドから招聘したという芸能人が立ってショーが始まっていた。集まった人たちは400人以上という。



芸能人はステージ上で漫談のようなトークをしつつ、その合間合間に女性歌手が登場したり形態模写の芸人が入ったりするという、アジアでよく見られるようなスタイル。トークの内容は、例えば日本とインドの違い、日本の整然とした交通マナーとインドの滅茶苦茶なのを比べて、いったんインドを落として笑いを取り、「しかし私たちのインドは独立以来頑張ってきた…」と『独立』『私たちのインド』など故国を離れたインド人が好きなキーワードを並べて郷愁を刺激。またパキスタンの悪口もお決まりな感じ。パキスタンのクリケット選手と結婚したテニス選手のソニア・ミルザを皮肉ったり、近頃の玉ねぎ価格高騰への苦情、バジパイ首相/シン首相のマネなど、日本のテレビ芸人などに比べるとずいぶん古いスタイルのように感じるが聴衆は皆手をたたいたり口笛を吹いたりして笑っている。多弁昔の日本の芸能もこのような漫談がメインだったのではなかろうか。インドの一般大衆がどのような娯楽を求めているのか、またその内容などが把握出来て非常に興味深かった。

こうした漫談の合間に、トレイにサモサやスナック類、お菓子(ミターイー)を載せたウエイターが会場内を回ってコバラの減った客たちにサーブして回る。この光景はインドのパーティーや結婚式などで目にするものと同じである。



芸能人たちはムンバイから招聘され、中にはFIlmafare Awardの幕間で形態模写を演じた芸人もいて、ラージ・カプールとかラジェーシュ・カンナーとか古いのばかりながら喝采を浴びていた。尚こうした観劇の最中、ウエイターが大きなトレイにパコーラやサモサ、ミターイーをもって席を回り、お客たちがめいめい取っていくスタイルはインドの結婚式パーティーなどでもよく目にするスタイルで、ここでも踏襲されていた。

18時を回り、待ちに待った食事タイム。プログラムにはJain-FoodとNon Jain-Foodを選択可、と記載があり、同じ菜食ながらタマネギや大根などの根菜類やニンニクなどすら摂らないというJain-Foodも食べられる形式になっていた。こうした原理主義的な食事スタイルは一部クリシュナ信仰形のヒンドゥー教徒にも存在する。一体、タマネギとニンニクを使わないインド料理が美味しいのかかねがね疑問だったので、とりあえずJain-Foodをいただいた。ダールマッカニ風のもの、パニールを使ったクリーミーなもの、クシに刺したパコーラ風のものなどいずれもコクもあって美味しい。ナーンは非菜食なので当然ロッティで、こちらもしっかりとした味わい。全く同じメニューのNon Jain-Foodの方も食べてみたが、何となくコクという点ではJain-Foodの方が勝っている気がした。




ジャイナ教徒の地元ラジャスターンの食事を彷彿とさせるロッティが数種類並んである。
菜食のため卵の入っているようなナンは出ない。


クリーミーで濃厚な野菜カレー




↑上のクシを通したものは野菜を揚げてカバーブ風にしたものだった
下はイドリー。別皿にホワイトチャトニーとグリーンチャトニーが準備されている。





posted by asiahunter at 22:50| Comment(0) | ■インド文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

インドビザ申請センターと在東京スィク寺院

今日インドビザ申請センターに行ったら、普段あまり窓口などには居ないはずの、同センター代表で在東京スィク教徒コミュニティの世話役的な存在であるブッピーさんが珍しくカウンター内にいらっしゃった。センター開業時にちょっとお話して以来、久しぶりにお会いした。彼は昔、赤坂でインド料理屋を経営していてインド系のイベントなどではよく顔を合わせていた。

当時インドビザは全てインド大使館で取得する事になっていたので、当時彼が今度インドビザ関係の仕事をはじめる、というので何の事かさっぱり分からなかったが、後日、このような事だと分かり驚いた。現在、赤坂のインド料理屋はとっくに売り払ったという。もっと話したかったが、ガラス越しだと刑務所の面会室みたいではなはだやりにくかった。(超過滞在したインド人の友人との面会を思い出した)それから個人的に、申請書類に不備があったのを知り合いのよしみで何とかならないかと頼んでみたが、当然何にもならなかった。



ちなみに、在東京圏のスィク教徒の集いやランガルもセンターが出来るより昔から彼が中心となって十数年前から茗荷谷で行っており現在も継続しているという。今度是非再訪してみたい。
http://blogs.dion.ne.jp/asiahunter/archives/3326964.html
http://sikhjapanese.blogspot.jp/p/blog-page.html

尚、ビザ取得の改善された点として、オンライン申請になった当初は申請〜取得まで随分時間がかかっていたが、今回聞いたら3〜4日で発給になるらしい。

ただしオンライン申請になって以降、煩雑になった事は否めない。茗荷谷のインドビザ申請センターで申請中に記入ミスがあった場合、二重線での訂正などといったその場での訂正・修正は不可で、最初からオンライン申請し直さなければならない。それがたとえ一文字欠けていたりしたとしても、である。

申請時に一文字だけ欠けている事を指摘されたのち、同じ建物4Fの事務所402号室に同じビザセンター所有の有料で使えるPCがあり再入力〜プリント出来る由、案内された。


↑建物裏手にある入口

申請時に書き間違いをした少なからぬ申請者がここにあ間内されるらしい。中に入るとインドでもよくあるような長細い事務机に3台程PCが並んでいる。既に一人先客?が座って入力している。


↑4Fがビザセンターの事務所になっているようだ。ピンポンを押したら『隣の402です』と言われた。


室内の様子。このPCで再度、入力作業を行う。



ちなみに使用料・プリントアウト代として840円も取られる。結構高いと思えるが、再度来るよりマシなので仕方なく利用せざるを得ない。ちなみに、前回取得したビザ番号の頭のアルファベット一文字を未記入でもやり直し。これはサイト上の記入例に注意がなく、あえて記入しなかったらはじかれた。同様のミスをする人は少なくないのではないだろうか。有料パソコン利用者は比較的このミスが多いようで、サイト上の記入例で一文注意書きをしてくれればいいものを。サイト上の記入例が無いのはもしや有料PCへと導くためかと勘繰らざるを得ない。1991年以来毎年インドに行き、多い時は年4度もインドに行っているので少なくともビザ取得は25回以上経験しているのに今回書き間違った。ビザ初めての人とか年配者などもっと取得困難でミスも多いのではなかろうか。何とか簡略化、究極的にはビザ免除になってほしいと強く願わずにはいられない。

それから今日思ったのだが、書類上の不備に自信があれば、午前中閉館時間12時ギリギリに行くのがいいのではないかと。ガラスの向こうの事務員たちは午前中いっぱいは延々と時間をとってゆっくり仕事しているが、午前中受理した書類は全て午前中に代金を徴収して控えを渡す必要があるのでお昼が近づくと急に処理速度が早まる。お昼時間をたくさん取りたいからだ。 従ってお昼休憩ギリギリに書類を持っていくと処理が速い事を今日かいま見たのだった。
posted by asiahunter at 22:25| Comment(2) | ■インドの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

ナマステインディア2013

今年2013年で21回目の開催なるというナマステインディア。例年通りアジアハンターも出店しました。この日が来ると「ああ、もうそんな時期か…」と感慨にふける、あたかも紅白歌合戦のような位置づけに自分の中ではなっています。

今年は両日とも気持ちの良い秋晴れでイベント日和。特に去年は酷かったが、例年雨がパラつくこのイベントも今年は奇跡のような気候(実際はカラスの小便のような小雨が数十秒ほど降り焦ったのですが)でした。

ブースにお立ち寄りいただいた多くの方・ご協力いただいた関係各位にこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

中には雑誌・書籍でよく拝見するカレー業界を代表する方々などにもご挨拶が出来て大変光栄・感激でした。また銀座アーンドラ・ダイニングのラマナイヤ氏、西大島マハラニのサディック氏、野田ハンディのモハメッド氏他、現在も営業中の飲食店オーナーや従業員の方々やこれから飲食店をはじめるという方々などいろんな方々にお声をかけていただき大変嬉しかったです。皆様今後ともよろしくお願いいたします。



↑アジアハンターのブース(初日朝に撮影)
今年は気合を入れて横断幕を貼ってみた。ただし真ん中で中だるみしてしまうのが今後の改善点。


↑午後になり来客数も増えてきた

去年アジアハンターはどうしても良い場所を確保したくて無理して広めのブースを取り、狙い通りステージ脇で園内ど真ん中というナンバルワンの立地を確保しました。そしてそんな時に限って土砂降りという。(雨でお客さん自体少ないので当然売上も少ないものでした)更に3ブースにしたときは、売りたいものを陳列したというより、まずだだっ広いスペースをどう埋めるかに苦労し、また短時間で売り場を作らなければならないため本来売りたい商品よりも陳列しやすいものを優先的に置くという本末転倒ぶり)


そんな反省を踏まえ今年は2ブースに戻した所、今年はクジの悪さでアジアハンターは会場内の隅っこの方のあまり目立たない場所になってしまいました。ただし結果的に割とブース前も広々使えて、お客さんが渋滞することも無く良かったのかな、と思いました。(実際、飲食ブース周辺の方が人が多く集まるので、そちらの方にしたかったのですが、逆にナマステの場合飲食ブースの大行列が物販テント前まで場所を食ってしまい、テントへの誘導が難しくなるというようなケースもあるようです




↑昔の映画ポスター。あまり売れなかった。

アジアハンターはまだナマステが築地本願寺で行われていた2000年頃、インド舞踊スタジオCNC主宰の野火さんのご紹介によって初めてブース出店をしました。CNC用のブース枠を使わせてもらいインドからトランクに詰めた安雑貨を持ち帰って広げたのがアジアハンターのそもそもの最初です。その頃は出店業者も来場者数も少なく、牧歌的な感じでしたが年々規模拡大し、今年などは業者だけで100を超えるという、まさかこんな巨大なイベントになろうとは想像だにしていませんでした。
posted by asiahunter at 08:15| Comment(0) | ■インド系イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする