2009年10月28日

コーヒー入門

昨日から神田神保町で古本市が開催されていて、今年は初日から出かける事が出来た。(やはりこうした物販系イベントは初日に出かけるのが重要だ)

インド・アジア関係の書籍では期待したほどの収穫は無かったが、『コーヒー入門』という新書サイズの書籍が立ち読みしてたら面白くて購入した。UCC創業者の上島忠雄氏の手によるもので、コーヒーの歴史・精製・製造・流通からはじまり、産地や水質、コーヒー用具の解説など内容は多岐に渡り、さらには喫茶店開業のための詳細案内まで書かれている。正にコーヒーに関する情報の全てを網羅したよかのような濃密な本である。

読み進めるうち、題材は違うが非常にスタンスの似た書籍として、以前やはり神田神保町で入手した『スパイス・ロード』という書籍を思い起こした。著者はエスビー食品の創業者である山崎峯次郎氏で、カレー粉の開発の功績により勲章まで授与されている方である。この本もスパイスの歴史・流通など膨大な情報が記述された労作である。何よりもUCCやエスビー食品という大企業創業者たちの商品に対する情熱を感じさせるという点で刺激的だ。


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2009年10月22日

秋の東北・景勝地巡り

10月10日〜12日という天高い初秋、東北の景勝地である秋の松島海岸〜会津猪苗代湖を在日インド系の人々と共に周遊する機会を得た。

10月10日(土)の深夜に我々は東京を出立した。この日、平和島近くの流通センターという大きなホールで「ディワリー」というインドの祭りが在東京インド人会(ICAT)主催で開催され、多くの在日インド系も来場していた。今回の旅行を共にするメンバーの一人NさんはこのICAT主催ディワリーのMCをやっている。デリー出身のNさんはまだ若い女性だがネイティブ並みに日本語が堪能であるため、在日インド系主催のこうしたイベント司会などでは欠かせない存在となっているらしい。翌々日の御徒町のグジャラート系宝石商を中心としたディワリーのMCもするという。

ちなみに本国インドのディワリーは北インドなどを中心とした大きな祭りで、この地域では米や麦といった穀物の収穫時期にあたるため、この収穫への感謝儀礼がのちにヒンドゥー教的に意味づけされ、豊穣をもたらすラクシュミー女神を称え勧請するようになった。ディワリーは汎(北)インド的に祝われるため地方性が少なく、ある種ヒンドゥー教の祭典を代表する祭礼といえる。このため本国はもとより在外のインド系の人々の間でもコミュニティー・イベントとして扱いやすく、『ディワリー at ●●』『ディワリー in ●●』といった形で世界各所のインド系コミュニティーの間で広く、この祭礼にちなんだイベントが行われるようになった。

さて、土曜深夜に都内を出立した我々は一路翌朝の日の出を松島で拝むべく車をかっ飛ばす。しかしさすがに午前3時を過ぎた頃、場所で言えば東北道の阿武隈あたりで眠気を催しだし、仙台を越えたあたりでかなりつらかったものの何とか日の出時刻までに松島に到着した。





しばらく日の出をありがたく拝んだ後、約50キロほど東にある島・金華山を見たいと、入念にガイドブックで調べてきた某インド人氏が主張、眠い眼をこすり金華山行きフェリー乗り場へ。フェリー乗り場へに近づくと船会社の客引きたちがいっせいに群がってきた。あたかもそこにしか停車出来ないようなしぐさで駐車場に車を誘導される。この強引さはインドの観光地と全く同じ。日本から来た多くのバックパッカーはインドの強引な客引きに辟易するが、実は日本国内にも強引な客引きは少なからず存在するのである。とは言えそのはさすがにインド人で、フェリー代金を値切っていた。




海岸の見える松林で休憩

その日の夜は予約していた福島で一泊。
晩ごはんは近くのインドレストラン。こんな事もあろうかとネットで調べてきて助かった。何せ皆ベジタリアンぞろいである。駅から程近い『インド料理マナズ・ラソイ』という店に入る。我々は総勢15名で、店内の大半を占拠したような形になる。



15人のうち二人だけマンサーハリー(非菜食主義者)が居たのでその二人とテーブルを共にする。本来、菜食主義者は非菜食主義者とテーブルを共にするだけで嫌がる。非喫煙者が喫煙者との同席を嫌うのと同様である。我々非菜食主義組は夜の食べ放題コースを指定。バッフェ形式でなくオーダー形式なのですぐに皿が空になるので、たった一人で給仕をしていたウエイトレスの方は大変だ。さらにインド人は注文が細かく、「氷無しの水に取り替えて」だの「サラダのドレッシングにレモンを追加してください」だの「小皿を何枚ください」だの、主張に何の遠慮・躊躇も無い。たとえダメでも言うだけは言うという大陸系の人固有の思考で、横で見ていて「かくあらねば」といつも強く思わされる一幕である。



翌日、福島市内を後にし、猪苗代湖に向かう。途中、既に山々は紅葉が始まっており、その紅葉を見るための車の渋滞がハンパ無いことになっている。やっとの思いで有料道路の展望台に着くとすばらしい絶景が広がっている。













有名な会津磐梯山も見ることが出来て感慨無量。
連休中は天気にも恵まれ、まさに行楽日和な3日間だった。
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2009年10月04日

在日ドゥルガ・プジャ09’

10月3日、在日ベンガル人コミュニティであるBATJ(Bengali Association of Tokyo Japan)主催によるドゥルガ・プジャが大田区文化の森5F多目的ホールにて盛大に執り行われた。



会場に到着した頃には既に壇上に大きく立派なドゥルガ女神像が鎮座していた。
カルカッタのパンダル(仮設神殿/一回性の神殿)に於いてもそうであるように、ロールのような素早いバチさばきの打楽器の音色が響いている。(本場の神殿内ではあたかも音で邪気払いでもするかのように一日中複数のドラムロールが鳴り響いている。この時のタイコ奏者は本職ではなく、普段は百姓などして生計を立てている)大田区のホールでは本場からタイコ奏者を呼ぶ訳ではなくテープに録音したものを流していたようである。

プージャリー役のような人が神像の脇でマントラを詠んだり、女性たちがウルと呼ばれる裏声で勧請儀礼したり、赤いシンドゥールをお互い付け合うといった本場同様の儀礼進行のあいまに、カラオケでボリウッドソングを歌ったりダンスを踊ったりといった和やかなアトラクションも例年通りである。






主催者からの依頼により、今年はこのホールで書肆なゆた屋さんと共同でベルガル雑誌などの出店をした他、参拝客への食事提供を任された広尾Priyaからの依頼で200人分の食事搬入手伝いがあったのであまり深く観察できなかった。尚、広尾Priyaから搬入したメニューは昼はキールとナブラタンコールマ、アチャールといった純然たる菜食主義料理、夜に運搬したのはチリチキン、フライドライスといったカルカッタでは比較的ポピュラーなチャイニーズだった。バスマティを使ったフライドライスが美味くて唸った。

イベント料理を調理中の広尾Priya厨房内
posted by asiahunter at 18:52| Comment(0) | ■インド系イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする