2007年04月07日

インドチャンネル

インド専門の『インドチャンネル』というポータルサイトがOPENしました。
http://www.indochannel.jp/

多岐に渡る項目が、それぞれ丹念かつ詳細に記述されています。特にビジネスに関する項目が詳しく、今後インドで起業を考えている方には大変参考になるのではと思われます。今後の展開に期待大です。

posted by asiahunter at 11:43| Comment(0) | ■インド文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

サラスヴァティー・プージャ

建国記念日にあたる07年2月11日、川口市某会館で知人の在日ベンガル人グループによるサラスヴァティー・プージャ(ベンガル風に読むと『シヨロショッティ・プジャ』)がおごそかに執り行なわれた。

主催したのは在日歴十数年というベテラン(?)のベンガル人R氏で、彼と彼を取り巻く一団によって 主催され、招待状や告知によって集結した多くも彼の交友関係の範囲内の人々であった。
尚、R氏がサラスヴァティー・プージャを企画・実行したのは今回が初めてである。在日歴数十年という人々を中心とした在日ベンガル人会は既に存在し、大田区田園調布付近の会館などでサラスヴァティー・プージャは既に何度も開催されている。またドゥルガー・プージャなども同会によって主催されているものの他、バングラディシュ出身者が中心となって構成されているベンガル人会によっても神田などで秋頃に開催されている。R氏はそのいずれとも別に、今回独自に企画・実行した訳である。

↑今年2007年の設立である事が旗にも明記されている。

ある程度の年数を異国で過ごし、経済的・社会的にも安定してくると、次に求めるのはナショナリスティックな感情とそれに伴う権威付けなのであろうか。ただR氏にはそういったものはあまり感じられず、純粋にサラスヴァティー女神に対する篤い信仰心が感じられただけであった。(ドゥルガー・プージャは自らは開催しないという)従って、集めてただ飲食させるだけというような形式的・金銭的なイベントの対極的な、信仰に裏打ちされた真面目なイベントであった。
いずれにしても、在日インド人が故国を偲んで執り行なう宗教的イベントを最初の段階から垣間見ることが出来たのは貴重な体験である。

↑祭壇に掲げられた手作り感いっぱいのサラスヴァティー像。


↑ベンガル語による解説・朗読などが延々と続く。至って真面目な雰囲気。

多くの屋内貸し会場がそうであるように、この日彼らが借りた会場も、内部での調理が不可能である。あらかじめ外部で作った菜食のカレー・キール・アチャールといった神聖な食事は市販の弁当ケースに入れて配られた。

↑質素な味わいが信仰心を覚醒させるような昼食。

催しは夜まで続いたが、夜になっての食事は近くの中華屋からの出前のようで、大皿にシューマイやギョーザ、鳥のから揚げなどがバイキング形式で饗された。

この日の来場者数は約200人ほどであっただろうか。一人当たりの入場料を3,000円に設定していたので、会場レンタル料や食事その他諸経費を払ってもかなりお釣りが来る計算である。だが、R氏の姿勢には収益性というものは感じられない。
埼玉の川口は特に以前からベンガル系労働者が多く在住する所として有名で、在住者の多くは十数年ほど経過しており、日本語も堪能である。また相撲や野球といったスポーツ・芸能界にも関心が高いのが特徴である。その堪能さは同じインド出身のIT系の人々の話す堪能な日本語に比べて、その内容に於いてより土着的・スラング的であり、興味深い所である。

尚、サラスヴァティー・プージャとは以下のような祭りである。
他州(特に北インド)に於いてヴァサンタ・パンチャミーが行われるこの日、ベンガル地方では学問と技芸の女神サラスヴァティーのプージャーが行われる。

ベンガルの中心地カルカッタで最も盛んで、ドゥルガ・プジャ程の規模ではないものの、街の辻などにはパンダル(仮設神殿)が設えられ、クマールトゥリといった工房街で各町内ごとに発注されたサラスヴァティー女神像がその中に鎮座し、プージャが捧げられる風景が見られる。
女性によるウル(裏声での歓喜表現)や法螺貝での勧請儀礼、司祭のマントラによる壷への降臨、河流しの儀礼(天界帰還)など、祭礼の手順としては大祭ドゥルガ・プジャの縮小版ともとれ、ドゥルガ・プジャを見るチャンスの無い向きには興味深いかも知れない。

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2007年04月01日

ピクニックに於けるネパール料理

この正月、旧知の在日ネパール人グループとまたしても日光行きを共にする機会を得た。
今年は暖冬だったとは言え、厳冬期の日光にはまだ新雪も降っている状態で、とてもではないが山頂部にある中禅寺湖や東照宮といった観光スポットまで車での登坂は厳しい。チェーンは持っているものの、買った当初一度だけ練習でハメてみただけで実戦では未使用なため全く自信が無いのである。

彼ら在日ネパール人グループは以前よりこのブログで紹介している『富士山』『関西』観光を共にした人々で、旧知の間柄である。従って彼らの行動パターンも熟知しており、仮に中禅寺湖や東照宮を見ない日光観光であってもそれなりにエンジョイしてくれるとふんだ私は、その日もハンドルを握る事となったのである。

尚、その数日前、このグループの代表的な存在であるP氏から別件で依頼を受けていた。用件はネパールの政権与党であるネパール国民会議派の副代表が来日する際の雑事手伝いである。副代表は親族が日本に居るため既に数度来日経験はある人で、周囲のネパール人に聞いた限りでは時期首相候補だという。長らくの王権集中から久方ぶりに民主化・政党政治化したネパールの与党副代表が来日するにあたって、今回ネパール国民会議派の日本支部を形成する動きがあり、P氏はその代表の座を狙っているらしい。従って副代表の接待にかかりっきりとなったが、普段は一介の飲食系労働者であり休日取得もままならないので猫の手でも借りたい状態となり、私にもお呼びがかかったわけである。

副代表の接待に精力を使い果たしたP氏は、副代表の帰国後どこかきれいなところに行って大好きなバカ騒ぎを…という思いが実現したのが今回の日光旅行だった訳で、テーマとしては観光よりも癒しがメインであり、そうした背景から察するに中禅寺湖や東照宮無しでも良しとするであろう事が充分に予測された。そしてその予測は的中した。

さて、彼ら飲食系労働者とのピクニックに於いて私の最大の関心事は持参する食事である。特にP氏グループは寸胴や大鍋にカレーをそのまま入れて来て食事すべき場所でない場所で食事するという大胆さを持ちながら、その味は繊細で丹念な仕事振りが窺われる。
この日も東武ワールドスクエアなどごく簡単な観光を終えた後、結局登坂出来なかった中禅寺湖に向かういろは坂道入り口のベンチにて早々と食事を囲む事となった。↓


極寒の中、道すがら入手したカセットコンロを直接、
地べたに置き、調理済みの鍋を暖めはじめる。
湯気をたて、スパイシーな香りを漂わせる鍋。
道のすぐ脇のベンチでの大掛かりな調理なため、
いろは坂を登ろうとする車たちは「何事か?」と一瞬減速する。そうした状況を全く考慮せず
確かな飲みっぷりでビールをあおる
P氏グループの面々。↓


加熱しはじめてほどなく、見事な味の料理がベンチ上に陳列された。



↑空腹と厳冬の野外での暖かなスパイス料理ほど、
食欲をそそるものは無いという事実を確認したひと時だった。
posted by asiahunter at 10:48| Comment(0) | ■在日ネパール系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする