2006年10月10日

ピクニックに於けるインド料理 vol.2

昨日の体育の日(10月9日)は前々日の暴風雨から一転、雲ひとつ無い秋晴れで、正にこれ以上無い絶好の行楽日和だった。ただでさえ開放的な陽気で、何も無くとも日光浴の一つでもしたくなるようなこの日、私はまたしても、今度は富士山方面にピクニックするインド人一家に同行する機会を得たのだった。…


↑ほとんど雲ひとつ無い富士山遠景。今年見た中では一番クリアーな眺望である。

行き先は在日インド系にも人気の『富士サファリパーク』である。
ここはよく知られている通り、檻の中に入った動物を眺めるのではなく、自らが運転する車から、放し飼いの動物たちを見させるのを売りにしている。
同施設は車外に出るのはもちろん、窓すら開けるのも当然厳禁している。施設内には至るところその警告が日本語・英語両言語で記載されているにもかかわらず、いつもインド人と一緒に入園して思うのは、感興が激昂するあまり、窓を開けて声をかけたり、中には身を乗り出すようにして写真を撮ろうとしたり、子供によく見せてあげようと窓の外に子供の頭を持っていったりする過剰な行動が目立つ事である。その都度、場内至る所で監視している係官からスピーカーで注意を受けるので内心ハラハラするが、子供以上に無邪気にはしゃいでいる彼らに対して野暮な事も言いたくないというのが正直な所で、日本人的慣習とインド人的習性の狭間に揺れ動くアンビバレンツな心情をうまく処理出来ない自分がそこに居る。
大概の動物はその習性から、昼に訪れてもグッタリと寝そべっている事が多い。高い金を払って入っているのだから、もう少し動物ドキュルンタリーで見るような猛々しい姿を見たいというのも心情だろうが、訪れる日本人客は注意書きに実に忠実で大人しく、誰一人としてそのような事をしている客は居なかった。一方、かつて一度だけインドで場末の動物園を見た際、その観客の動物に対する対応に、その国民性の違いを如実に思い知らされた事がある。
彼らは例えばトラが入った檻の中に、石や紙くずを投げ入れたり、大声で野次り挑発する事によってその猛々しい反応を楽しむといった観覧の仕方を、老若男女問わず大半の観客がしていたからだ。


↑車内から見上げられるキリン。その非現実的な光景はインド人ならずとも幻惑される。

さて、騒々しい観光がようやく終わり、個人的には最も楽しみにしているピクニック食の時間となる。今回も複数の奥さん連中が、おそらく普段家庭で出している以上の素材と調理時間をかけて持参したインド料理が所狭しと並んだ。空腹とも相俟り、顔のほころびを抑えられない自分を意識する。





今回の出身者は西インド方面が多かった。
彼らは朝の軽食も持参していたが、その内容は米を主体としたプラオ風の料理で、写真や呼称は例によって食べながら聞いたので失念したが、モチモチとした食感と油分が充分な食べ応えを感じさせ、かつ素材は細かく切り刻んだ複数の野菜と豆が入った健康的な一品だった。

また昼食には主食としてチャパティ、ノーマルのプーリーの他、インドではやや高めのレストランにしか置いていないパラク(ほうれん草)入りの緑がかったプーリーも準備されていた。サブジー(おかず)としては、スパイシーな中にほんのりと甘みを感じさせるアル・マタル、濃厚な味付けのパラク・ゴービー、マタルとピャージ(玉ねぎ)のカレーなど数種が大量に用意され、またインドでは日常的に付け合せとして食される生のムーリー(大根)とコークリー(胡瓜)が、一瞬浅漬けのように並べられ、インド産のもの程やはり味・食感はカレーに合わないものの、雰囲気的には楽しむ事が出来る。またインドの家庭・ピクニック料理に不可欠な食材であるダヒー(ヨーグルト)も当然、準備されている。
このようにして一通り、チャパティとプーリーで食事を進めたあと、シメのような形でプラオなどのご飯ものを食す。それはビールと餃子で一杯やったあとにラーメンを食べてシメるのに似た印象であり、スープなどの前菜のあとにメインのステーキを食べるような印象ではない。インドでも高級レストランなどの出し方はこのようになっている。
いずれにしても、迂闊にもチャパティーやプーリーといった前段階を腹一杯食べてしまうと、このあとに続くせっかくのご飯類が苦しくなるので要注意である。


↑澄み切った秋晴れの日は何よりもインド人とのピクニック日和。
posted by asiahunter at 22:43| Comment(0) | ■在日インド系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

ピクニックに於けるインド料理

今年に入って一体何家族のインド・ネパール系とピクニックを共にしたかと思い、何気なくスケジュール帳をめくってみると、既に7回ものピクニックを共にしている事が判った。行き先は一度だけGWに関西に行った他は、ほぼ全て日光もしくは富士山のいづれかに偏っている。

傾向として(なかなか地元には無いので)インド人は流れる滝を珍しがり、好む習性があるという、根拠の薄い情報を以前何かの本で読んだ記憶がある。もう10年ほども昔、北インドのヒマラヤ近く・ガンゴートリーなどの四聖地(チャールダーム)を散策した時、途中の巡礼道から垣間見える短い滝を珍しがっているインド人巡礼団を、逆に何がそんなに珍しいのかと不思議に思い、後日くだんの本の情報によって一応納得したという昔の旅時代のかすかな記憶が、日光・華厳の滝に心奪われているインド人たちの姿を見て再び呼び覚まされた。
インド人の滝好きは紛れも無い事実であり、夏のシーズンなど毎週末、華厳の滝を訪れれば必ずインド人観光客の姿を見かける。彼らは例外なく滝の前で記念撮影し、デジタルビデオで流れ行く滝を撮影するといった、過剰な反応を滝に対して示す。また滝の下まで下降する観光用の有料エレベーターに何の躊躇も無く乗って観光する。

↑インド人を陶酔させてやまない日光・華厳の滝

もう一つ、インド人が好む傾向があるのが「東武ワールドスクエア」入館である。
以前時々放映されていた、栗原小巻のCMを見ても何の感興も起きなかった私から見ると、一体「東武ワールドスクエア」のどこにそれ程大きな魅力を感じるのかとても不思議に感じる。おそらく一部の先駆的なインド人が「東武ワールドスクエア」観光を果たし、過剰に喧伝したため日光・鬼怒川に行った際は必ずここを訪問しなければと思っているのだろう(インド人はある意味で日本人以上に画一的な性向がある)。しかし、入館後2〜3時間はざらに見物しているのだから、実際それなりの満足は得ているようでもある。この2〜3時間という時間は昼寝にちょうどいい時間でもあるので、私は必ず車の中で寝ている。

さて、インド人とのピクニックで最も楽しく、興味をそそられるのは、その持参する食事である。
まず主食のライスだが、北インド・南インド出身地問わず、白いまま持って来る事は皆無で、必ずプラウやビリヤーニーといった炊き込みご飯形式をとっている。日本人のピクニックでも白メシを弁当箱につめるより、ごま塩やふりかけなどをかけるのと基本的には同じ感覚なのだろう。尚、在日インド系の大半がベジタリアンである事から、肉入りのビリヤーニーである事は極めてまれである。



また、北インドの場合、ライス系にはダールが必要とされるが、トゥール・ダールなどといった家庭ではごく一般的なダールが用いられる例は少なく、ラジマなどのやや濃厚なものが好まれる。これはピクニックという非日常的空間に於ける食材として、非日常的な食材が選択されるためでもあろうし、また数家族単位でピクニックをする場合に、自らの持参食料を見栄えの良いものにしたいという心理の表れでもあるとも思われる。



この傾向はインド人は一般的に強いが、特にその傾向の強い奥さんがグループに混じっていた場合、やたらとおかずの数が増え、更に強引に振舞いがちになるため、グループ間の主婦同士の心理的駆け引きとは無縁である部外者の私にとって大いに歓迎すべき傾向である。



また現在のインドでも、食パンをロッティの代用的に食しているサラリーマン世帯が増加傾向にあるが、在日インド系も同様であり、中にはピクニックに向かう途中のコンビニで食パンを調達する家族も居る一方で、プーリーやバトゥーラ、中にはアールー(ジャガイモ)入りのパロータを作ってくる奥さんなども居る。中華料理と違い、インド料理は全般的に冷めても美味しくいただけるが、とりわけこのパロータは、ある程度時間を置いたものは、出来立てとはまた違った味わいがあるので持参すると歓迎される。

おかずであるカレーに関して言えば、大体汁気の少ない、コールマ的なカレーが多い。
インド人一般的に、あまり器や保存容器にはこだわりが無く、大体食べ終わったヨーグルトやピーナッツ・バターの空き缶などに丹精込めて作ったカレーを入れてくる場合が多いので、密閉に問題がある事が理由なのか、それとも単に汁気の多いカレーがピクニック食としてふさわしくないからなのか不明だが、サラサラしたカレーは南北インド問わず、まず無い。
いずれにしても、こうした持込のインド家庭料理で『美味しくない』と感じた事は皆無であり、どんな些細な、あまり技術を要しないような料理でも例外なく全て美味しく感じられる。


↑見ようによってはウッタランチャル州ナイニータールに見えなくも無い中禅寺湖
posted by asiahunter at 03:52| Comment(0) | ■在日インド系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする