2017年04月07日

【ナマステ福岡への道 vol.3】静岡大タミル人留学生宅でミールスとファルーダ

浜松に立ち寄ったならば、えりカレーとして幅広くスパイス活動されているスパイス系重要人物・菅沼えりさんを素通りする訳にはいかない。最近えりさんは静岡大学の南インド留学生複数とイベントを通じて親しくなり濃密に交流しているらしい。そしてアジアハンターの浜松行きにあわせて彼らの自宅で南インド家庭料理ディナーパーティーを企画してくれることになった。



ディナーパーティーは約10人ほどの南インド人が大学近くに居住する南インド人のアパートの一室に集結してスタートした。アーンドラ州グントゥール出身のJeevanさんご夫婦を除き全てタミル人男女という構成。しかも中にはモハメッドさんというタミルナードゥ州South Arcot出身のムスリムも一人いて人員バランスが実に良い。挨拶かたがたモハメッドさんと話していると同地はビリヤニも有名でイカも食べるという。そんなSouth Arcotの話を聞いているとどうしても実際に行きたくなってきて仕方なくなる。









調理段階から家庭に入れさせてもらい皆さんと歓談しながらインド料理情報を聞き食べるという、最も理想的なディナーパーティーだった。特にアーンドラ出身のJeevanさんご夫婦には料理が出来るまでの長い間延々とカキナダやラヤラシーマといった湾岸〜南アーンドラの料理についてレクチャーしていただき、去年のアーンドラ食旅でのいろんな疑問が払拭した。







事前の料理打ち合わせで何か料理リクエストがあるか聞かれたので、こうした場合ベジ料理に集中しがちなのに一抹の不安を感じてコーラウルンダイ Kola urundai(マトン揚げ団子)をリクエストしていた。そしてこういう時のためと思い懐にしまい込んでしたバナナの葉風・紙皿をおもむろに取り出し敷き詰める。その上に、以下の料理が並べられていった。 #するとどうだろう劇場







【この日準備されたメニュー】
パニヤラムpaniyaram
コーラウルンダイ Kola urundai(マトン揚げ団子)
プラウン・ビリヤニ
白ライス
ダール
タイル・パチャディ
メドゥワダ(えりさん作)
ココナッツチャトニ
ペラサットゥ(アーンドラの方作)
チキン65
フィッシュ・フライ











圧巻はタミル出身のTariniさんの作った食後のファルーダ。これもえりさんがダメ元でリクエストしてくれたもので、作るのが初めてと謙遜していたが、今まで日本で食べたファルーダの中で一番オリジナルに忠実だった(うどんは論外として 笑)。緑色に着色されたバミセリがいい色合いのアクセントになっていて素晴らしかった。えりさん、お集まりの皆さんには大感謝の夜だった。




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2017年04月06日

【ナマステ福岡への道 vol.2】浜松モスクでインドネシア自炊ランチ

福岡までの道はあまりに遠い。とりあえず3時間ほど車を走らせ浜松に一泊することにした。浜松ではえりカレーとして熱心なカレー活動を続ける菅沼えりさんから魅惑的な招待も受けている。毎回神戸で開催されるインディア・メーラーに出店する際浜松に立ち寄っているが、いつも趣向を凝らしたインド料理やイント的イベントなど企画してくれるので楽しみで仕方ない。

2016年の浜松での楽しい思い出
【関西インド紀行vol.1】浜松えりカレー野外宴 
【関西インド紀行vol.2】浜松Al-Rehman及び浜松モスク

2015年の浜松での楽しい思い出
浜松えりカレーさん

浜松に到着したのが14時過ぎ。お腹が減っていたのでランチは去年も訪問したAl-Rehmanで食べようと思い、確認のため到着前に何度か電話したが着信は鳴るものの誰も出ない。一抹の不安に駆られつつ、近くの浜松モスク(Mohammadi Mosque)の駐車場に車を停めて直接お店に行こうと車を降りると、そこにたまたま一台の車が駐車場にやってきた。





降りてきたのはこれからナマーズをすると思しきパキスタン人男性。これからAl-Rehmanで食べようと思ってるんですよ、と言うと「今、あそこの店主はパキスタンに里帰りしてて、代わりの人が来るけど基本的にお店がオープンするのは午後5時からだよ」と教えてくれた。そんな予想はしていたがAl-Rehmanで昼食のアテが外れた…

とりあえずモスクの中で次の手を打とうと入っていくと、ブルーシートを広げた一団がたった今食事を終えた感じで佇んでいる。挨拶もそこそこに思わず彼らの皿の中を凝視すると、中の一人が「食べますか?」と優しく微笑みながら言う。その言葉を待っていたがあくまで「ええっ、いいんですか?」と意外そうな感じを演出(笑)。それにしてもどこの馬の骨とも分からぬ初対面のオッさんに昼メシを提供してくれようとは…。ムスリムの慈悲深さを改めて実感。





この一団は40日の予定で日本を観光しているシンガポール国籍の方々。福岡から浜松まで各地のモスクに宿泊しながら旅を続け、明後日帰国するという。出していただいたのは生姜の効いた野菜スープとライス、ソーセージ炒めと魚のフライ、インドネシアの辛いジャムのようなもの。シンガポールの話題で何か喋ろうと思ったが、ムスタファやリトルインディア以外ほとんど知らない事を改めて認識した。









その後入れ替わり立ち替わり何人かのムスリムの方々が出入り。そのうちバングラデシュ出身の方が浜松市内のパキスタン人経営のレストランを事細かに道順含めて教えてくれた。(その後FBのコメント欄でSasakiさんからAl-Rehman、カレーやさん、ニュータンドール以外に、サリマ、カシミールというパキスタン人オーナー店があるという情報もいただく)やはり浜松は奥深い…。







旅の初日にしてあたたかい人情に触れ合うことが出来、旅の良さを改めて実感した浜松の昼だった。
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2017年04月05日

【ナマステ福岡への道 vol.1】プロローグ

それは去年(2016年)のナマステインディアでの事だった。
一人のインド人青年がアジアハンターのブースに現れて、流暢な日本語でナマステ福岡というイベントを去年はじめて福岡で開催した由を語ってくれた。ナマステ福岡の名前は既にカタオカさん他、福岡在住の南アジア情報に精通された方々からその名は聞いていて、その出店に関しても思う所があったのだが、まさか主催者の方からコンタクトしていただくとは。ちなみにそのインド人青年がナマステ福岡主催者のジャイクマールさんであった。

数年前から都内の目端の利く一部のネパール人経営者たちの口からこぞって『福岡』の二文字は聞いてはいた。一体首都圏にインドレストランを経営する彼らがなぜ遠く離れた福岡に着目しているのか前々から気にはなっていたが、その様子を初めて去年(2016年)の9月に目の当たりにすることが出来た。

2016年福岡での文化賞受賞のためインドの映画音楽監督/作曲家のA.R.ラフマーンが来福。たまたまこの授賞式典の公募に申し込んでいたら席を確保出来た。ラフマーンは90年代から数限りなく見てきたボリウッド映画で耳なじみの高いボリウッド界随一の音楽家で、当然こちらの授与式/ミニライブにも関心はあったものの、それと共に前々から関心のあった福岡ネパール系の実態を確認すること、むしろそれが主目的だったと言っても過言ではなかった。

この当時まだナングロの福岡支店は完成してしなかったがソルマリの支店は稼働していた。他にも在福岡ネパール人留学生たちのたまり場であるブッダや在福岡ネパール人が主に居住している箱崎周辺のネパール食材屋を訪問し、胎動する原初のネパール・コミュニティの確かな存在を確認した。

【福岡インド紀行vol.5】大橋ソルマリ 
【福岡インド紀行vol.6】ブッダ 
【福岡インド紀行vol.3】東区箱崎周辺のネパール系食材店 

とは言え揺籃期〜勃興期に至る福岡に於けるネパール・コミュニティの様子は再度、目撃する必要を強く感じていた。正にその矢先に降ってわいた「ナマステ福岡・出店話」。2016年に目撃した時と翌年のナマ福開催までの間にどのような展開・変化が福岡ネパールシーンに生じているかも気になる所。またイベント出店となると車での移動となるが、むしろそれを利用して西日本各所のインド料理屋さんを回る事も出来る。そうした訳で一も二もなく出店話に飛びついたのだった。

ナマステ福岡が開催されるのは2017年4月15日と16日。去年開催されたナマステ福岡は土曜がネパール人を中心としたバイサキ・メラで日曜がナマステ福岡だったが今年からは何らかの事情で週を別にして一週間前の4月8日9日がバイサキ・メラだという。どうせ福岡に行くのならばこれにあわせて行きたい。そしてまた車で一気に福岡まで行くのは体力面・気力面で一抹の不安があるので犀の角のようにのんびりと、途中の街に立ち寄りカレーを食べながら道中進んで行こうと道中のプランを練った。そして春うららかな陽気のこの日、正に旅立ちにふさわしい曇り空の中、ハイエースにいっぱい商品を詰め込んでボチボチ出発することとした。

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2016年12月26日

【カリカト】Paragonでmeen pollichathu、Sagarでファルーダ


昼は超人気店Paragonへ。同店のサイトを見ると、カリカトとコーチンの他にドバイに2店も支店がある。









ここではフィッシュカレー・ミールスミーン・ポリチャットゥmeen pollichathu(魚のバナナ包み蒸し)、クーンタル・フライ(イカのフライ)。








ケーララを代表する魚料理ミーン・ポリチャットゥは是非とも現地で食べてみたかった料理の筆頭。バナナの葉で魚を包むインド料理はベンガルにもMaccher Paturiというマスタードを利かせたバナナの葉堤焼きがあるが、素材(ベンガルではイリシ=ヒルサが使われるがケーララではポーンフレートが好まれる)も使うスパイスも当然違う。






凄い人だかりだが行列は作らず、それぞれ空きそうな(食事が終わりそうな)客の横に立って食事が終わるのを待つスタイル。横で立たれながら食べるのはちょっと気になるが、それすらも忘れさせる美味。ちなみに、相席になった対面の女の子がなかなかの美少女だった。



出された水(というかかなり熱めのお湯)がピンク色で、一般的にアーユルヴェーダ・ウォーターと呼ばれるもの。Pathimugamという樹の皮を煮出したもので、様々なアーユルヴェーデックな薬効もあるという。以前浅草サウスパークで出されたものを思い出した。



食後は例によって厨房探訪。







カリカトの街は海沿いの街特有の解放感がある。
至るところにティファンの屋台・露天などが店を構えているのを冷やかしつつの街歩きが楽しい。


Puttukutti プットゥ蒸し器。
繁盛店だと10蓮ぐらいのPuttukuttiを店頭に出して半ばデモンストレーションしている。






屋台などでは小ぶりのタッティリ・クッティー・ドーサ Tatiri kutti dosaを焼いている店が多い。




カリカト最後のディナーはディナーはこちらも名店のSagarで(クリーム入り)トマトスープ、チキン・ビリヤニ、揚げたポーンフリート、ファルーダ









マラバールはビリヤニが本当に美味くプットゥとかイディヤッパンとかケーララ特有のものも食べようと思いながらもどうしてもビリヤニばかり食べてしまうのは致し方ない事である。

ちなみにファルーダの中に入っている麺状のものはここでもバミセリだった。

帰国後に読んだ『Technology of SWEETS(MITHAI) with Formulae』--EIRI Board of Consultants & Engineers著--によると、その起源はペルシア/パルシーのNawroze(「新年」または「新しい日」を意味する)という祭りに出される乳製品がベースの冷えた菓子で、インドに伝承されて以降は特に夏の冷えた菓子としてイスラム系の王朝下のデリー、ラクノウ、ハイデラバード、またパルシー教徒の多いムンバイで特に人気を博したという。材料はコーンフラワー(トウモロコシ粉)で出来たヴァミセリがミルクベースの液体の中に入っている。サフランやローズシロップなどで色づけされたり、クルフィーやアイスクリームがはいている事もある、と定義されている。



これで食の宝庫マラバール地方とも本日でお別れ。翌日からはコーチンに向かう。

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2016年12月25日

【カリカト】老舗Rahmath Hotelでマトン・シチューとアッパムとクディナラヤ・ジュース




タリセリーから二等座席列車でKozhikode(旧名カリカト)へ。

カリカトはカンヌールやタリセリーよりも街の規模が大きい。早速散策に出かける。そしてケーララ特有ののスイーツがショーウインドーに入っているのにいつものように足が止まる。









ヴァッタラvatara 左 外皮は米、餡はココナッツベースの強烈な甘さ。
エラダallda 右 セミヤとバナナとココナッツなどのバナナ葉包み蒸し。ヴァッタラ程の甘さは無い。

ブロック状のケーララ・ハルワココナッツクランチ。この巨大なハルワが店のガラスケースでプルプル揺れているとどうしても気になり、写真など撮らせてもらっていると端っこを切って味見をすすめてくれるので、つい食べてしまう。












カリカトの野菜市場。
一人写真を撮ると、それを見ていた他のおじさんも俺も撮れ俺も撮れがはじまり、シカトしても勝手にポーズを取って撮られるのを待っているのでキリがなくなる。
































夜は事前情報通り宿泊先近くに飲み屋を見つけた。カンヌールやタリセリーはイスラム的規範が強い街だからなのか、もしくは州政府が今後10年以内に州内でのアルコール類販売を禁じる禁酒州へとなることへの布石なのか全くと言っていいほど飲み屋が見つけられなかった。たかが数日だが久しぶり酒が飲めることがうれしい。イカ(koonthal)のフライ(65のような料理)をアテにして待望のビール。






ディナーは1961年創業の老舗Rahmath Hotelでマトン・シチュー(ケーララのシチューはイシチューishtuという表記がされる。ココナッツミルクがベースの白いシチューである)とアッパム。アッパムがモチモチして美味い。シチューはさすがマラバール、カルダモンやブラックペッパーがたくさん入っている。本当はビーフ・ビリヤニも行きたかったが満腹になり断念。代わりに周りの客が皆オーダーしているジョッキに入った緑色の液体をオーダー。クディナラヤ(ミントライム)のジュースで甘くて爽やかな味わい。









ホール長の兄ちゃんが気さくで、食後まとわりつくようにいろいろ話しかけてこられ、厨房も見ろ見ろと案内してくれた。ドーサイ用の鉄板含めて火力には主に炭を使っている。

















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2016年12月24日

【タリセリー】朝食のアリカドゥカ/夕食のカルマッカヤ(ムール貝)のフライ







マラバールではムール貝はカルマッカヤkall-ma-kayaと呼ばれる名物で市場でも見かける。とはいえ市場から飲食店への供給時間の関係上なのか、レストランでムール貝が食べられる時間は大体決まっていて、12時〜18時辺りまでらしい。ただしアリカドゥカというムール貝が入ったパンのようなスナックは軽食屋で前日から作り置きされているのか朝に食べることが出来る(朝に食べられるからと言って必ずしも出来立てではない)。この日の朝はそれを食べ、更にチーピーというバナナの葉で包んで蒸された和菓子を彷彿とさせる甘い菓子も食べた。


朝食のアリカドゥカ






ケーララの軽食屋は店頭に小さなガラスケースを置き、そこにスナック・軽食をディスプレイしている店が多い。指差せばオーダー出来るので言葉が出来なくても問題無い。

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その後昨日チキン・ビリヤニに幻惑された名店Raraavi'sへ。店員に聞くとやはりムール貝は12時以降提供するので朝の時間は置いてないという。仕方なくパロータとフィッシュカレーとオムレツの朝食。これがシンガポールのインド人街で食べたロティチャナイそのまんまの味。〆の甘いコーヒーまでシンガポールを彷彿とさせるものだった。もしかしたらシンガポールやマレーシアのインド人街で食べるムスリム系軽食の源流の一つはこの辺りなのではないだろうか?



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夕方、ムール貝(カルマッカヤ)を食べに三たびRaraavisへ。
ここには短い滞在期間の中3度も来ているのに厨房も見せてくれないし、マネージャーも全く愛想が無い。しかし美味いので仕方なく通ってしまう。美味い店というのはそういうものなのかもしれない。



トマトスープにはクリーム入りとクリーム無しがある事が分かり、なら早く教えてよ、じゃあそのクリーム入りで、とオーダーしたが今クリームは無いという。こういう点がインドらしい…。とはいえトマトスープは美味い。




そしてようやく目的のカルマッカヤのフライ。ローストだったりグレービーがかかっている料理かと思いきやチキン65のようにスパイスをまぶして揚げた料理だった。付け合わせのレモンがよく合い、一緒にオーダーしたチキン・ビリヤニのライスに非常に合う。大変幻惑された。





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ディナーはタライセリーのメイン通りにあるModernという味のある大衆食堂へ。







テーブルの配置が面白い。やはりここでも何も言わずとも自動的にフィッシュカレー・ミールスがサーブされる。ケーララのライスにフィッシュカレーのグレービーとサンバルがかけられ、パパルが載せられ、魚のフライが回ってくる。





ちなみに後でFBに掲載した写真を見たおさしみさんからご指摘いただいたが、たまたま店内を写した写真の中にサンバルを片手で受けて直で飲んでいる人の姿(画面左)があった。撮っているときは全く気付かなかったが、このような習慣があるのだろうか。面白い。





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2016年12月23日

【タリセリー】Raraavi'sでマラバール・チキン・ビリヤニ








ケーララ州カンヌールKannurからローカルバスで約一時間の道のりのタリセリーThalasseryに到着。街の規模としてはカンヌールよりこじんまりとした印象。

この街には新大久保ナスコのユーサフに教えてもらったメモを頼りに元ナスコ勤務のサミールを勤務先のバスターミナル併設の食堂に訪ね、彼に案内してもらってホテルも教えてもらった。この街はナスコ社長や従業員たちの出身地である。


案内してくれた新大久保の元ナスコ勤務のサミール。機会があればまた日本で働きたいという。


サミールが勤務しているバスターミナル併設の食堂。割と繁盛している。

ちなみにケーララの民営バスは一台一台それぞれ意匠を凝らした、あたかもクリームのクラプトンのギターみたいなサイケペイントされているのが非常に面白い。















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タリセリーでの初ランチはケーララ州内に3店舗展開している老舗Raraavi'sチキン・ビリヤニ。事前情報ではマラバールのビリヤニは別名タリセリー・ビリヤニと呼ばれ、ここの地名が冠せられているビリヤニの有名な街でもあるので一度はこの地のビリヤニを味わってみたかった。まずは濃厚なトマトスープからスタート。





バスマティではなく、バングラデシュのチニグラ米に似た味と食感の小粒のカイマライス Kaima Rice/Jeerakasalaで作られるビリヤニが皿に固く盛られて出てくる。マラバールに於けるビリヤニライスとはこの種の米を言うらしい。バスマティは使わない。甘みも感じさせ、内部に入っているチキンとの相性も素晴らしかった。ラクノウ、ハイデラバードなどのビリヤニとはまた全く違う味わいでインドの広さを感じさせる。


マラバールのビリヤニはスプーンが横に刺さってサーブされるのが特徴



〆はタリセリー・ファルーダと呼ばれるこの地方の名物のスペシャル・ファルーダ。さすがスペシャルだけあって美味い。

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2016年12月22日

【カンヌール】Hotel Odhen'sでFish Curry MealsとKonthal Fryとケーララの米の話













カンヌールのHotel Odhen'sへ。あらかじめ人気店だとの情報は得ていたので開店少し早めにお店へ行ったらまだ準備中。それを口実に中に入れてもらい準備中の厨房など見せてもらう。店は大通りからは奥まった場所に位置し、行列こそ出来てなかったがそれでも時間になると満席状態。



スタッフが一枚一枚バナナの葉を机に敷き、フィッシュカリー・ミールスが何も言わずにサーブされる。このフィッシュカリー・ミールスがいわばデフォルトで、それに好みに合わせてウエイターが持って来る小さな一皿料理を好みに合わせて好きなだけ取るシステム。中華料理の飲茶スタイルのような感じと言えばお分かり頂けるだろうか。とはいえフィッシュカリー・ミールスのみ食べる客も少なくない。





昨日のイカフライが忘れられずイカ、そしてエビのロースト(ちなみに英訳では単にローストとしか記述の仕様がないが、ケーララ料理にはVarattiyathu, Ularthiyathu, varthada, Vevichatuなと様々なロースト料理が存在する)。やはりイカが美味くてお代わり。マラバール風イカカレーがこれほど美味いとは。マラバール料理という名所は何度も日本で聞いてはいたが、ここまでの食の都である事は実際現地に来てみるまでは全く分からなかったし、ここまでイカをはじめとした魚介類を多用するとは知らなかった。やはり旅はしてみるものである。

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食後、付近の魚介市場を散策。ムール貝もたくさん売っている。マラバールではムール貝はカルマッカヤkall-ma-kayaと呼ばれる名物で、特にアリカドゥカというムール貝が入ったスナックは朝食などで食べられる。







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市場で見かけたケーララのコメ
手前から、パッタルライス kg38Rs, プンニライス kg30Rs, イエロークルワライス kg37Rs, マッタライス kg40Rs

ちなみに市場の米屋さんの話では、有名なケーララ赤米(レッドマッタライス)は主にケーララ南部で好まれる。ケーララ北部のマラバール地方では実は赤米はあまり食べられず、マラバールミールスによく出されるのは大粒のYellow kuruwa riceである。同じケーララで米の好みに地域差があるのが興味深い。

このケーララ赤米は西暦800年頃の中国(唐代)に於いて生産がはじめられた中国原産の米で、チョーラ朝(9世紀から13世紀にかけて南インドを支配したタミル系ヒンドゥー王朝)の王家で食べられるようになったという。

ちなみにkuruwa riceの生産地はアーンドラだが、アーンドラの人はこれを食べない。アーンドラの人が食べるのはKolam riceであるという。

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【カンヌール】KaipunyamでFish curry mealsとkoonthal Tawa fry







カルナータカ州クールグからケーララ州カンヌールへ。これでようやくケーララ州に入った。
標高が高く山懐深いクールグでは朝晩寒い程だったのに標高が一気に下がって非常に蒸し暑くなる。




ホテルを見つけて荷物を置き、早速近くにあったKaipunyamマラバール・ムスリム料理(Moplah Cuisineと呼ばれる)をオーダー。




Fish curry meals(ケーララマッタライス、オーラン、チャマンディ、クートゥ、トーレンがターリーに乗っていてサンバルとフィッシュカレーとタイルがカトリで出される)
素焼きの容器にはカードで作るpullsseryが入っている。これらはウエイターのナセル氏というオジさんが一つ一つ親切に教えてくれた。


koonthal Tawa fry(イカの鉄板スパイス炒め)


Beef Tawa fry(ビーフの鉄板スパイス炒め)


タイル

koonthal Tawa fryがスパイシーかつコクがあって絶品。割と辛めだがイカ本来の甘みが噛むごとに口に広がる。ケーララライスがどんどん進む味でもあり、もし飲めるのであれば酒にもさぞかし合いそうな味。







レストラン周辺には味のある野菜や乾物のバザールが広がっていて情緒ある雰囲気が素晴らしい。乾物屋が多く、更に吊るしてあるかつお節?もある。ケーララの料理にもかつお節を使うのだろうか。調理器具だけでなくこうした部分にもスリランカとの共通性が感じられる。













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2016年12月21日

【Malabar Cuisine】ケーララに於けるイスラム教徒マーピラとその料理


ケーララ、特に北ケーララはインド史上最も早くキリスト教/イスラム教/ユダヤ教がもたらされた地域である。ケーララに於けるイスラム教は7世紀ごろに海路、交易のためにアラブからやってきた商人たちによって特にケーララ州マラバール地方にもたらされ、彼らの定住化と共に徐々に浸透・拡大していった。これは北インドに於いてイスラム教がトルコ系またはアフガン系のイスラーム政権による、主に軍事的侵略に伴う形で陸路もたらされたのよりも早い。





イスラム教も発生した直後にアラビアから海路、アラブ商人によってごく早い段階でケーララに流入された。こうした事情から、インド最古のモスクとされるCheraman Juma Mosqueはケーララ州Thrissur県に西暦629年に建設されたという。
https://en.wikipedia.org/wiki/Cheraman_Juma_Mosque

ちなみにモスクがインド最初であるだけでなく教会もシナゴーグもインド史上最初に建設されたのはケーララに於いてであったという。7世紀以降もアラブからの商人や神学者などの渡印は断続的に続き、ケーララは宗教や食などの文化面でアラブの影響を受けている。





マーピラmappilaまたはmoplahはケーララ州に於いてマラーヤラム語を母語とするムスリムを指す。
マーピラは特に北ケーララのマラバール地方に多く居住する。
マーピラの起源を、7世紀以降に土着したアラブ商人とケーララ女性との末裔だとする伝承もあるがそれはごく限定的であり、実際には、特に18世紀の英領地代にアラブから渡印してきたスーフィーなどの神学者/宗教指導者たちによって改宗されたヒンドゥー教徒の下層カースト出身者が大半とされる。

彼らマーピラの間にも同じマラバール地方に住むムスリムとは言えヒエラルキーはあり、比較的裕福なマラバール地方沿岸部に居住するマーピラと元来小作の水田農作業従事者が多かった内陸部に居住するマーピラには経済的に大きな格差が存在した。1970年代にガルフ諸国が外国人労働者を受け入れを開始すると内陸部マーピラはいち早く出稼ぎに行き、現在ではこうした経済格差は解消されているが、最近まで沿岸部のマーピラと内陸部のマーピラで通婚すら一般的ではなかったという。

こうした背景から当然沿岸部と内陸部とで食文化もかなり異なっていおり、いわゆるMalabar cuisinesマラバール料理としてメディアなどに紹介されているのは、豊かな海産物を中心とした食材を多用した沿岸部マーピラの食文化である。





ちなみに食文化に於けるアラブ圏からの影響は、Alisa(小麦の肉入りポタージュ)、Kiskiya(アーター=全粒粉の肉入りミルク粥)、Kozhi Nirachathu(卵やダールやハーブ類を鶏に詰めた料理)などのマーピラ料理に色濃く見てとれる。Alisaは婚礼の際に食される料理であるが、マーピラの婚礼前夜(Mailanchi)には祝膳としてNeichoruネイチョール(ギーで味付けされたライス)が、婚礼当日の夜にはビリヤニ(カイマライスという短粒米で作られたマラバール特有のビリヤニ)が食べられるという(※婚礼前夜の他に、ナーチャと呼ばれるジャーラムでの慰霊祭に於いてもネイチョールは配られるお祝い料理である)。またMutta MalaムッタマラとPinjanathappamピンジヤナッタッパムという卵で作られた、黄色と白という見た目にも鮮やかなお菓子も婚礼式に於いて食べられる。

婚礼から一夜明けた翌朝、新郎新婦及びその家族と親族は次のような豪華な朝食を食べる。
---Kozhi Nirachathu(卵やダールやハーブ類を鶏に詰めた料理)とPathiri(米粉のロッティ)、カレー数種プットゥとバナナKanjiカンジ(マッタライスで作られたココナッツミルク入りの粥)、チャイなど---

またムスリムであるマーピラにとっての最大の祭礼は断食月ラマダーンであるが、日中の断食が明けた後の食事=イフタールが水とデーツで始まった後、Pathiri(米粉のロッティ)と共に豊富な肉・魚及びデザートが食べられる。年間を通じて最も多彩なマーピラが見られるのはこの時期に於いてである。





一方、標準的な日常食の一例は次のようなものである。
朝はVellappamウェッラッパン(米粉のパンケーキ)とエッグカレー、またはプットゥとMeen(魚)のカレー
昼はイエローマッタライスにMeenのカレー
夜はKanjiカンジ(マッタライスで作られたココナッツミルク入りの粥)とPathiriなど。



---以上参考『Marabar Muslim Cookery』Ummi Abdulla著 Orient Black Swan発行
(アジアハンターにてご購入出来ます。お問い合わせ下さい)



以下、ケーララ旅行に関して非常に役に立ったサイト。

Tasty Spots-ケーララ全土のレストランガイド。掘立小屋のような看板すらないような店まで網羅しているのに驚く。
http://tastyspots.com/kerala/foodspots/kadalundi-meenkada/

ケーララにおけるイスラム史に関してはPeriploさんによるページが大変参考になりました。さすがです。
http://periplo.mond.jp/cgi/mt/archive1/2011/04/post_399.html

こちらの論文もケーララにおけるイスラム史やジャーラム(いわゆる北インドのダルガー=聖者廟的なものから、対ヒンドゥー地主やポルトガル軍・英軍との戦いで殉教した戦士を祀る廟までを含む)、ナーチャと呼ばれる慰霊祭などについて。
http://www2.scc.u-tokai.ac.jp/www3/kiyou/pdf/2011vol9_1/kawano.pdf




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【クールグ】クールグ料理 Pandi Curry、Kadambattu、Sannas







マンガロールから山道を約120km、山深い奥にあるKodava(旧英領名クールグ)のかつての中心街であり現在も県庁所在地のマディケリMedikeriへ4時間のバスの旅。道路の舗装状況は良いものの、途中から曲がりくねった急峻な山道が続く。





そもそも西ガーツ山脈の奥深くに位置するKodava(旧英領名クールグ)は、Kodava語を母語とする人々が居住する地域で、中世1600年のHaleri王による統治以降1834年に英領下に置かれるに至るまで小さいながらも独立したヒンドゥー系藩王国として存在し、インド独立以降も1950年から1956年までは独立州として存在した。クールグcoorgという表記は英領時代に名づけられたものである。



ヒンドゥー教を信奉する藩王によって長らく統治されていたにもかかわらず豚食/飲酒など比較的タブーの無い料理が発展しているのが特異で、日常的に豚料理が食されまたやや日本米に似たステッキーなライスが食される。こうした食習慣がどういった経路でこの地方にもたらされたのかは分からない。

また特異な食習慣として、クールグでは祭礼などの食の場に於いて女性が先に食事をし、次いで男性が食事をする(一般的なインド社会とは逆)。ちなみにクールグに於いて豚(パンディと呼ばれる)などが好まれるのは従来この地で生活していた先住民の文化の影響なのではないかと推測できる。

クールグで話されるkodava語の一例

豚…Pandi
鶏…Koli
マトン…Yarchi
ダール…Belai
米粉のロッティ…Akki Otti
カードライス…Mooru Kulu
ギーライス…Nai kulu
卵…Muttai
レバー…Pooyarchi

※上記語彙/クールグ情報の一部は
Ranee Vijaya Kuttaiah著『cuisine from Coorg』
を参照しました。こちらはアジアハンターでも扱っています。お気軽にお問い合わせください。
master@asiahunter.com


山深い環境からかコーヒーやカルダモンといったスパイスの産地としても名高く、小さな街中には至るところスパイスの店やコーヒー豆の店を見ることが出来る。









ちなみに以下のクールグに在住しクールグ料理を紹介しているインドの方のブログがクールグ料理及び文化を知る上で非常に参考になった。
http://www.acookeryyearincoorg.com/




小さい街ながら飲み屋も充実している。

クールグ料理は豚肉も使うことから一度は訪れてみたい街だった。夕方到着し高低差のある街を散策後、Coorg人(クールギーという)の経営する飲み屋で一杯飲んだ後、その名もズバリCoorg Cuisineという店でPandi Curry(豚のカレー)と筍と豚の炒め物Kadambattu(ライスボール)、Sannas というイドリーの一種。Kadambattuは日本のおにぎりに比べかなり固く握られているためあまり米本来の風味は感じられない。



















街を散策中、ネパール人っぽい顔だと思い話しかけたらやはりダージリン出身のチェトリの人だった。カルナータカ州はチベタンキャンプも多く、それに付随してネパール人も来ているらしい。




西ガーツ山脈の奥深くに位置する風光明媚なマディケリはインド人観光客も多い。街のはずれの眺めの良い場所には展望台がある。舗装されていない道をさらに山奥の方に進んで行くと美しい小集落に出会ったりして味わい深い散策が可能である。








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2016年12月20日

【マンガロール】Hotel Costaでマンガロール・クリスチャン料理




トゥル料理もウディピのブラーフミン料理をある種の源流とするためベジ料理が多いという。ただし一方でコンカン地方を含むアラビア沿岸部の料理であるマルヴァニ料理Malvani cuisineはシーフードを多用したノンベジ料理も多く、またクリスチャン系の影響の強いマンガロール料理では豚や牛も食べられる。そろそろノンベジ料理が恋しくなった頃合いに、タイミング良く豚や牛もメニューにあるHotel Costaという店を見つけた。

本来ならこういう料理はビールと共に食べたいが、インドにはそういう美味しい料理と酒という習慣が無いので、手近な酒屋でビールを買い、その横の飲みスペースでビールだけ飲んでレストランへ向かった。







店内メニューにポーク・ソルポテルなとがあったりした事から当初ゴア料理店かと思い店のマスタルに確認したら違うと言う。


説明してくれた店のマスタル。背後にはキリストが祀られている。

彼によると元はポルトガルからの宣教によるゴア出自なのが16世紀頃そこから更に分裂したローマン・カトリック信仰の系統の人々で、マンガロール・クリスチャン料理という、ゴア料理とはまた違った料理らしい。そういう系統の料理があるのを現地に来て初めて知った。




バンダス・マンチュリ(イカの事をBandasと呼ぶ)


ポーク・ジンジャー


ポーク・ソルポテル


ビーフ65

ライス
コカコーラ


どれも極端に辛くなく特にイカが滋味深い。豚肉も久しぶりに食べたがやっぱりライスによく合う味だった。


posted by asiahunter at 15:00| Comment(0) | ■インドの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする